面白いフィリピンの自主映画
ただ今、いろんな意味で何かと話題の第27回東京国際映画祭が開催中(10月31日まで)。筆者は24回と25回大会でアジアの風部門(現在は新人対象のアジアの未来部門に変更)の審査員を務めたのだが、その時目覚めたのがフィリピンの自主映画の面白さ。デジタル機器を武器に、自分たちの日常を巧みに切り取ったフレッシュな作品が続々と生まれていることを知った。
その筆頭たるのが、本年度の大阪アジアン映画祭でグランプリを受賞したシージ・レデスマ監督「SHIFT~恋よりも強いミカタ~」(新宿シネマカリテにてレイトショー中。全国順次公開)。三十路に突入してから夢をつかんだ彼女の人生は、日本の自主映画監督たちにも大いに刺激になるはずだ。
1980年代まで、フィリピンはハリウッドやインドに次ぐ映画生産国だったという。だが日本同様に一時期、斜陽に。それがブリランテ・メンドーサ監督が2009年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、注目を浴びるようになった。
しかし、海外の映画祭で評価されるのは、貧困や闇社会を描いた西洋人がイメージするフィリピン映画ばかり。そんな風潮を逆手にとった、若手映画人が賞狙いでゴミ山での撮影を試みるコメディ「浄化槽の貴婦人」(11年)も生まれている。
「フィリピン人の中には自戒を込めて、それらの作品を“貧困ポルノ”と呼んでいる人もいます。私自身も若い頃は、ビッグになるために『貧困映画を撮らなきゃ』と思っていた時期もあるんですよ(苦笑)。実際フィリピンは貧しいし、発展途上国であるのは確かなのですが」(レデスマ監督)。
だが、香港のウォン・カーワイ監督作に影響を受けたというレデスマ監督の作品を見ると、フィリピンに抱いていた固定観念を覆されることだろう。「SHIFT~」は、歌手を夢見ながらもコールセンターで派遣社員として働くエステラと、同僚トレヴァーとの、友達以上恋人未満の微妙な恋模様を軽やかに描いている。どこの世界にもある普遍的な題材だが、そこからしっかりとフィリピンの若者文化や社会情勢が見えてくるから興味深い。それもそのはずで、本作の90%はレデスマ監督の実体験。コールセンターにも9年間勤務したという。
「映画を製作したくて脚本のワークショップに参加した時、講師に、リアリティの重要性を指導されました。キャラクターを想像せず、リサーチすることを怠るな!と」(同)
レデスマ監督のような新鋭の台頭は、日本と同じくデジタルカメラの普及で低予算でも映画を作れるようになったからだという。フィリピンの自主映画の祭典「シネマラヤ映画祭」なども誕生し、上映の場所も出来た。本作もシネマワン・オリジナルズ映画祭の企画コンペに入選し、約200万円の助成を得て製作されたという。また、先にあげたメンドーサ監督や、本年度のロカルノ国際映画祭で大賞を受賞したラヴ・ディアス監督ら世界で注目される監督が増え、民間企業が支援してくれるようになったという。
「国の助成制度もあるのですが、非常に金額が小さく、申請している人は少ないですね。民間企業や映画祭の支援を得るのが一般的です」
ちなみに、6日間で撮影した「SHIFT~」の製作費は約270万円。助成金だけでは足りなかったが、「大阪アジアン映画祭の賞金(50万円)でようやく借金を返済出来たというところでしょうか(笑)」(同)。
とはいえ、海外の映画祭で引っ張りだことなり、日本公開は実現したものの、母国で自主映画が上映される機会はまずないという。自主映画を巡る状況は世界各国変わらないようだ。しかし、レデスマ監督からは悲壮感のようなものが伝わってこないから不思議だ。
「そりゃコールセンターで働いている時は、毎年、誕生日前日には憂鬱になって一人で酒をあおり、『この仕事をして何になるんだろう?』とか、『どうして私はゲイにばかり一目惚れしちゃうんだろう』って気持ちがクサッた時もありましたよ(笑)。今も経済的な光は見えてないけど、(監督デビューして)気持ちの上では明るいかな」(同)。
今後も脚本を書く為、人生の経験値を上げようと普通の仕事に就きながら、映画を作っていきたいという。長いトンネルを抜け、新たな人生を歩み出したレデスマ監督から、せっかくなので日本の若者にエールを!
「(悩んでいるのは)一人じゃないと思う。安っぽい表現だけど、苦労や辛さを味合わないと、楽しさや幸せも感じられないと思うんです。実際、多くの美しい芸術作品は、アーティストの苦しみの中から生まれてきてますからね。何事も諦めないで人生を楽しんで欲しいです」。