北欧旋風!トリアー監督が渋谷をアツく
2012年、邦画が興行収入で全体の65・7%を占めて、43年ぶりに洋画を上回ったニュースは大きな話題となった(日本映画製作者連盟調べ)。
まもなく14年の数字が発表されるが、シネコンに足を運べば一目瞭然で、引き続き邦画が席巻中だ。その傾向に比例するように増えているのが、国やジャンルに的を絞った「映画祭」という名の特集上映。映画好きの有志が始めた北欧映画の祭典「トーキョーノーザンライツ フェスティバル2015」(1月31日~2月13日、東京・渋谷アップリンク)も今年で早5年。ラインナップからは、日本未公開作の発掘・上映に奮闘したスタッフの痕跡が見えるかのようだ。
その筆頭が、監督特集で紹介されるデンマーク出身の新鋭ヨアキム・トリアーだ。『ニンフォマニアック』で知られるデンマークの“悪童”ラース・フォン・トリアー監督の遠い親戚というこの方。映画一家で育ち、新鋭といっても、もう40歳。長編監督作も『リプライズ』(06年)と『オスロ、8月31日』(11年)のわずか2本しかない。
だが、現在撮影中の新作『Louder Than Bombs』は、『ソーシャル・ネットワーク』(10年)のジェシー・アイゼンバーグや仏女優イザベル・ユペールが出演し、初の英語映画だという。昨年末、米ニューヨーク・タイムズ紙が発表した注目の若手監督20人の中に、女優でもあるカナダのサラ・ポーリーや、ガエル・ガルシア・ベルナル主演『NO』(12年)のパブロ・ラライン監督らと共に選出されている逸材なのだ。
彼の評価の決定打となったのが『オスロ、8月31日』。11年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で世界初上映されたのを皮切りに、ストックホルム国際映画祭で最優秀作品賞と撮影賞の2冠を獲得するなど世界中の映画祭で話題に。さらには米アカデミー賞外国語映画賞のノルウェー代表にも選ばれた。
筆者もちょうど12年にノルウェーを訪れた際に、本作の盛り上がりぶりを目の当たりにしている。ノルウェーのアカデミー賞ことアマンダ賞の授賞式に参加した時のこと。本作が最優秀監督賞と編集賞を受賞し、誰もが納得と言わんばかりの拍手喝采が贈られていた光景が焼き付いている。なので今回は待望・・・というか、やっとかよっ!と文句の一つも言いたいくらいの日本初上映なのだ。
コレ、映画ツウなら尚更、惹(ひ)きつけられる作品に違いない。原作は仏の作家ピエール・ドリュ・ラ・ロシェルの「ゆらめく炎」(河出書房新社)。同じく同小説を原作に、ルイ・マル監督が『鬼火』(63年)を発表している。『鬼火』はパリを舞台に、アルコール依存症の男が自殺するまでの48時間を描いたもの。
対してトリアー監督は舞台をオスロ、主人公を元薬物中毒患者に変更。薬物更生施設を退院して再就職を試みるも、職歴のない空白の時間があることから過去がバレてしまう。友人たちに再会しても距離を感じ、元カノには会ってすらもらえない。重い心を引きづりながら街を彷徨う主人公の1日を綴ったものだ。カメラに映し出される美しいオスロの街並みが、より一層、主人公の孤独と絶望を際立たせる。
ノルウェー公開時はちょうど、世界を震撼させた連続テロ事件直後の11年8月。犯人は反多文化主義を掲げて兇行に及んだが、そんな不穏な時代を象徴する作品として、特に本国で絶大な支持を得たのかもしれない。
しかし、いまだ日本で配給の目処がたっていないのは「やはり、監督や俳優、受賞履歴等々、国内でセールスするための『ウリ』が少ないことと、映画が重く地味な作品だからではないでしょうか?」と同映画祭実行委員会の笠原貞徳さん。なるほど。でも、新作は間違いなく三大映画祭で上映されると思うので、配給会社はもちろん観客の皆さんにも先物買いをオススメしたいところだ。
ほか、トリアー監督のご親戚ラース・フォン・トリアー監督らが提唱した映画運動「ドグマ95」を再検証するドキュメンタリー『ドグマ・ミーティング』(02年)も日本初上映される。ちょうど今年は「ドグマ95」誕生から20年。笠原さんたちが3年前から温めていたという企画が結実する。寒さ厳しい時期だが、渋谷はアツくなりそうだ。(映画ジャーナリスト・中山治美)