『猫侍』は「あなごちゃん」運命の作品
猛暑が続く中、心も体もバテ気味だ。その矢先に宣伝担当者から「あなごちゃんを取材しませんか?」とお誘いが届いた。“あなご”とは、猫好きならご存知、俳優・北村一輝主演の人気シリーズ「猫侍」に出演中の白猫だ。あなご人気も手伝って、9月5日には映画第2弾『猫侍 南の島へ行く』も公開。特権を利用し、あなごの真っ白で美しいモフモフヘアをナデナデしてきた。
「猫侍」シリーズは、白猫の玉之丞を連れた元剣豪・班目久太郎(北村)が、不埒(ふらち)な悪と闘う痛快時代劇だ。実は筆者、同作をはじめとするAMGエンタテインメントが手がけてきた動物ドラマ&映画シリーズの大ファン。
何がいいって、動物を決して猫かわいがりして描かないとこ。基本は、ご主人の帰りを待つような殊勝な態度は見せないし、芸もしない。しかし、動物との出会いが、主演のしがない日々を送っていたおっさんの人生にぬくもりを与え、彼に新たな一歩を踏み出す勇気をも付けてしまう。動物好きなら共感することウケアイだ。
実際、『ネコナデ』に主演した俳優・大杉漣は共演したスコティッシュフォールドと離れ難くなり、家族会議をした結果、そのまま自宅で預かることに。その猫を「寅子」と名付け、以前からの住人であるチワワの「風ちゃん」と共に新しい家族として迎えた。その大杉家の穏やかな暮らしぶりは、ブログ「風ちゃんと寅子と大杉蓮の日記」で観察可能。寅子は今年で7歳になった。「共演した動物を引き取るようなことをされる俳優さんは、1万人に1人ですよ(笑)」。
そう言って笑うのは、『ネコナデ』以降、同シリーズを支えてきたアニマルトレーナーの北村まゆみさん(ZOO動物プロ所属)。彼女の存在なしには、同シリーズを語れない。
「毎回(シリーズを手がける製作・脚本家の)永森裕二さんの脚本ありきですので、次はどんな内容を出してくるのか?というドキドキ感でいっぱいです。確実に『(動物が)これ大丈夫です。出来ます』と言えるお仕事は今まで一つもなくて、現場で試行錯誤しながら進めてます。今回なんて、猫同士の都合で結末が変わりましたからね(笑)」
これまでも何度か撮影現場にお邪魔をし、北村さんの仕事ぶりを見てきたが、何がすごいって、動物の北村さんへのなつきぶりだ。どの動物も北村さんのペットではなく、ZOO動物プロ所属のタレントだ。年中一緒にいるワケではないはずだが、北村さんがそばにいると安心するようで、大勢の人がわさわさといる現場でもリラックス。猫なんてゴロゴロ、喉を鳴らしながら甘えている。『猫侍』シリーズではだからこそ、懐にあなごを抱きかかえた北村が、華麗な殺陣を披露するという驚がくのシーンが誕生したのだろう。
「私たちトレーナーの腕の見せどころは、作品の中で、動物が自然に存在していましたか?ということ。動物モノって、動物好きが見ていますよね。そうすると、猫が苦しんでいたり、イヤイヤやっていたりする姿をすぐに見抜かれてしまいます。私たちトレーナーの仕事は、撮影で動物がストレスを感じて危険信号を発しているか否かを判断すること。その為には、食欲や便のチェック、そして居心地の良い楽屋作りは欠かせません。実は、私たちの仕事のウェイトは撮影より、その楽屋の方にあるのです」
動物の負担を減らすために、本作はあなごとさくらの2匹を、シーンによって巧みに使い分けている。おっとりして動じないあなごは、先の殺陣で大人しく北村の懐に収まっているような“静”のシーンを。快活なさくらは、北村の膝の上にぴょこんと乗るような“動”のシーンを担当。それぞれの特性に合わせて撮影シーンを決めている。
「確かにアナゴは静かなのですが、思わぬところで大胆な動きを見せる時があります。今回は、八丈島ロケなどアウトドアが中心だったのですが、一度ピョーンと北村さんの懐から飛び出して、岩の間に入っちゃった。まさかそんな場面で…と、私も油断していました。もともと白猫は自然界では目立つので、身を潜めようとする本能があるのです。それでもあなごは、もともと捨て猫だったこともあり昔は警戒心が強かった。それが、こうしたドラマや映画に参加することで人に慣れて3、4年前から今のような性格になりました。そして出会った『猫侍』は、あなごにとって運命の作品だったのではないかと思います」
ちなみに、取材をしたZOO動物プロは東京・渋谷にあり、地下のペットショップでは羊がご挨拶をしてくれる。都会のど真ん中から、時々「メェ~!」という鳴き声が響き渡り、びっくりする通行人も多いそうだ。
「都会で動物に触れていただく為にも、このショップの存在意義があると思っています。今の子供たちはバーチャルな世界でペットを飼育していても、生き物がどれくらいで死ぬか加減が分からないし、ぬくもりも分からない。何より、かわいがっていた動物が死ぬというショックを経験したか否かは、子供の成長に大きな差が出ると思います。自分と違う生き物がそばにいるということで責任が芽生え、いとおしいという気持ちを抱くことで人は変わると思うんです。それって、このシリーズが一貫して描いているテーマでもあります」
あなごの気品、毛並みの良さは、北村さんのような方にたっぷり愛情を注がれているからこそ。あなごは幸せ者だな。
(映画ジャーナリスト・中山治美)