黒澤明組の野上照代さんとツァイ監督

 アジアの気鋭作家の作品を集めた映画祭「第16回東京フィルメックス」が11月21日~29日、東京・有楽町朝日ホールなどで開催された。オープニング作品の園子温監督の自主映画『ひそひそ星』(2016年5月公開)にはじまり、台湾の2大巨匠ホウ・シャオシェン監督とツァイ・ミンリャン監督の特集上映も。しみじみ感じたのは、お金がなくても、周囲に迷惑をかけても、「何がなんでもこの映画を撮る!」というアーティストの業の深さ。それが彼らが世界で支持される理由でもあることを。褒めてます。

 中でも、あまりに奥が深すぎて、2度観賞して噛み締めてしまったのが、特別招待作品のツァイ・ミンリャン監督『あの日の午後』(台湾)だ。ツァイ監督は『愛情萬歳』(94年)はベネチア国際映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞するなど海外で高く評価されていたが、『郊遊 ピクニック』(13年)完成後、体調不良などを理由に商業映画界からの引退を表明。以後は舞台演出や、美術館で上映される映像制作に勤しんでいる。『あの日の午後』も元々は、『外遊 ピクニック』公開に合わせて制作された関連書籍用に実施された、ツァイ監督と主演男優リー・カンションの対談の記録映像だ。

 映画ファンにとっては“公私に渡るパートナー”と噂される2人だけに、普段どんな会話をしているのか興味津々。さらにツァイ監督には別の意味合いが。前述したように、当時体調が思わしくなかったツァイ監督にとっては遺言の意味合いがあったという。そこで137分に及んだ語らいを、そのまま“作品”にしてしまった。

 内容は、2人が歩んできた20年間の回想と本音と真実。それは想像以上に愛憎渦巻く世界だった。まずツァイ監督には男性の、リーには女性のパートナーがいて恋人同士ではないということ。喧嘩(けんか)もしょっちゅう。リーの運転するバイクで遠出をしたものの、些細(ささい)な事で口論となり、ツァイ監督をその場に置き去りにしたこともあるという。

 またある時は、リーはいつも同性愛者や低所得者など同じ役で、私生活でも自分を管理したがるツァイ監督に嫌気がさしたようで、ツァイ監督には内緒で中国の芸能事務所との契約を結び、ツァイ監督からの逃避を試みたようだ。リーがつぶやく。「俳優として、もっと自分の可能性を試したいと思った」と。

 しかしツァイ監督にとってリーは、創造の源であり、自分が彼の個性を一番生かせる演出家だと信じている。リーに彼女ができようが、冷たくされようが、決して別れを切り出すことはせず。結局は、リーがすべてを受け入れた(あきらめた?)のか、今では台北郊外の一軒家を共同で購入し、リーの母や弟一家と一つ屋根の下で暮らしているという。

 ダリとガラ、藤田嗣治とキキetc…アーティストとミューズがほれた晴れたを繰り返しながら創作を続けてきた例は多々あるが、ツァイ監督とリーも同様か。いや、もはや恋愛を超越して、家族のようになっている。

 だがツァイ監督の執念はリーだけに止まらず。新作短編『秋日』は、黒澤明監督作品のスクリプターとして知られる野上照代さんにカメラを向けたもの。本作も、「原節子ならいいですけど、こんなお婆さんを撮っちゃって」と嫌がる野上さんを説き伏せて日本で撮影したものだ。映画祭期間中に行われたトークイベントでも、野上さんは無理矢理出演させられた不平を口にしたが、ツァイ監督は笑顔でするりと交わす。

 「野上さんが普段話している会話を撮ったものですが、あの時代のモノを作ってきた人の話は興味深い話ばかりで内容があります。この映画は日本の皆さんへのプレゼントでもあります」

 2人はかれこれ20年程の付き合い。フィルメックスでツァイ監督の新作が上映される度に、野上さんは会場に姿を表すのだが、上映後のQ&Aでさっと手を挙げ、「相変わらず(1シーンが)長いわね」と本音で批評するのが映画祭の名物となりつつある。この日も野上さんは「ツァイさんの映画の良さは一切説明せず物語が進み、客に媚(こ)びない。人の迷惑を顧みず、長いしね。大したもんですよ。この度胸は。恐れ入りましたというのが結論ですね」と愛と毒のあるコメントで会場を沸かせた。

 そんな野上さんの言葉を、またも笑顔で受け流すツァイ監督。この図太さ。そして厄介だけど、人たらしで不思議と周囲を虜にしてしまう。これも巨匠と呼ばれる人たちの共通項のようだ。

 (映画ジャーナリスト)

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