盟友監督のタッグ作品は渡嘉敷島が舞台
リリー・フランキー主演『シェル・コレクター』(2月27日公開)のエンディング・ロールを眺めながら、「監督・坪田義史 抽象映像監督・牧野貴」の文字に、本篇以上(失礼!)に涙を誘われた。6年前のオランダ・ロッテルダム国際映画祭で「いつか一緒に何かしよう」と語り合っていた『美代子阿佐ヶ谷気分』(09年)の坪田監督と、短編映画部門で参加していた映像作家・牧野監督が夢を実現させたのだ。ジャンルを超えたコラボレーションが表現の可能性を広げたようだ。
『シェル・コレクター』は、米作家アンソニー・ドーアの同名小説が原作。盲目の貝類学者は孤島で静かに暮らしていたが、島に流れ着いた女性の面倒を看ることに。彼女は、世界中で蔓(まん)延していた奇病にかかっていたのだが、学者が飼っていたイモガイに刺されたことで回復。貝類学者の噂は“奇跡を起こした人物”として広がり、孤島に人々が殺到する。デング熱にジカ熱と、毎年のようにウイルスが世界中の人々を震撼(しんかん)させているだけに、虚構とは思えぬテーマだが、沖縄・渡嘉敷島のこの世とは思えぬ美しい海岸を舞台に、多摩美術大卒業で実験映画出身の坪田監督がファンタジックに描いている。
さらに本作で重要な役割を担っているのが、牧野監督の抽象映像だ。なにせイモガイの毒は脳にも刺激を与え、カイカン!を覚えるような幻想も見るという。貝類学者も体験することになるのだが…。その絵も言われぬ映像の制作を任されたのが牧野監督。彼は水面に反射する光や、風に揺らぐ樹木の葉など自然を捕らえた映像を何枚も重ねて新たな世界を作り上げていくことを得意とする。本作のキモとも言えるシーンだけに、大役だ。
坪田「盲目の人が、どんなビジョンを見ているのか?調べました。色彩の洪水や曖昧な記憶といった、非常に抽象的なもののようで、それが牧野さんの作品とリンクした」
牧野「もともと興味があったのは、夢の中で見ている映像とか、目を閉じてイメージするもの。そんな具体的ではない映像にどれだけ近づき、カメラを使って表現出来るか?ということにチャレンジしています。盲目の人が想像しているビジョンと聞いて、それなら出来る、ぜひやりたいと参加しました」
撮影中、牧野監督も9日間ほど渡嘉敷島へと赴いた。
牧野「撮影とは全く関係ないところで作った映像を、無理矢理作品に当てはめるような事をしたくなかったし、現地の方にも会いたかった。そこから生まれてくるアイデアもあるから」
坪田「合宿状態で撮影を行っていたのですが、毎晩、牧野さんがその日の取れ高を見せてくれるんです。葉っぱとか、岩とか。それが何千枚も(笑)」
牧野「結局、7万枚の写真を撮ったかな。時間にして約7時間の素材。もう撮るものがないというくらいに。映画の中の現実から夢のような世界にたどり着くような映像ではなく、目指したのはシュルレアリスム。だから沖縄の素材で制作したかった」
坪田「すごいでしょ?仕事じゃなくて、作品を作るんだという心意気が。牧野さんのそういうところを信頼しています。何よりメジャーな映画の現場に、牧野さんが居ること自体が刺激的で面白い」
映画は総合芸術だ。かつて、篠田正浩監督『心中天網島』(69年)にグラフィックデザイナーの故・粟津潔さんが美術で参加し、時代劇だが、モダンな香りのする美術セットを造り上げた。ファッション・デザイナーの森英恵は石原裕次郎主演『狂った果実』(56年)や吉永小百合主演『キューポラのある街』(62年)など数々の映画衣装を手がけて花開いたことで知られる。異業種のアーティストの参戦が1+1を3にも10にもし、絶対無二の映画を造り上げてきた。
最近では菊池健雄監督の実写映画『ディアーディアー』の回想シーンで、ベルリン国際映画祭短編部門で銀熊賞を受賞した和田淳のアニメーションが使用された例もある。だが、今回のコラボは稀。実は同じ分野にいながら、フィクション、ドキュメンタリー、アニメーション、実験映画といった各ジャンルの映像作家たちの交流はあまり多くはない。今回は、互いに実験映画の世界に身を置き、旧知の間柄だった事が実現に繋がった。
牧野「そもそも僕のような活動を続けている人が日本には多くない。海外はアーティストへのリスペクトが高く、大学講師を勤めたり、作品がギャラリーや美術館に作品が収蔵される。でも日本ではアウトプットの場がなく、活動を続けていく意欲をなくして4~5年で止めてしまう人が多いのです。坪田さんは実験映画を、商業映画に行く為の第一歩だと考えてた?」
坪田「いえ、自分の作品と考えてました。社会への適合性のない自分が、今の世とどう立ち向かうか。映像は誰にとって誰にも負けない”武器”だった。それこそ視覚的にも激しい思想で、見た人を殺してやるぐらいの気合を込め、『映画で人を殺せるのか!?』ぐらいの気持ちで暴力的なものを作ってました」
牧野「じゃあ(創作活動が)役に立ちましたね(笑)」
坪田「今後も既成に捕らわれない映画を作りますよ。『シェル・コレクター』は多くのアーティストとのコラボするという素晴らしさを味わったけど、個人的な表現にも挑戦したい。目指すは聖と俗の間を行くようなボーダレスな活動。エロ本制作とか。カメラとヌードは相性いいですからね。これ最高!」
日本映画界を活気づける、2人に気鋭作家の今後にご注目を。
(映画ジャーナリスト・中山治美)