アモーレ…なんて言えない大人たちへ
「この鈴が、みんな知ってるんです!」
今月は三越劇場です。1月に次いでの出演ですが、何と同じ劇場で同じ“お糸さん”という名前の役を演じています。全く違うお話ですが、なんだか運命を感じますよね…、糸なだけに。
今回のお糸さんは威勢のいい深川女、繊細な想いを秘めています。『深川の鈴』は38年ぶりの上演となりますが、初日が開いて間もなく師匠の(初代水谷)八重子先生が休演されて急きょ代役を仰せつかりました。無我夢中だったんでしょう、私はこの膨大なセリフをどうやって覚えたのか…。
ただ覚えていることは、共演の孝夫ちゃん(現・仁左衛門)と舞台上で笑いが止まらなくなってしまったこと。この話、蚊帳の中での男女の睦み合いがちょっとしたエッセンスになっている大人な話で、若かった私たちには気恥ずかしさもあって笑いが止まらず…。終演後、会社の人にこっぴどく叱られました。2人並んで、正座で(笑)。
作者の川口松太郎先生は、何と言っても私を新派に導く糸を紡いだ方。15歳で歌舞伎座の舞台に立つ私を見て新派へ誘ってくださった。先生の作品はまるで墨絵のようで、大正を描いた『深川の鈴』も余韻のある素敵なお芝居。洒落ていて、わびさびがあって。
新派は明治、大正、昭和の日本人を描いた作品を、大切に現代へ繋げていますが、その作品の中には現代の日本人が忘れかけている情緒が込められています。古きを温ねて新しきを知る。どこか懐かしさがあって、育まれてきた風情が感じられる。決して単なる古いものではなく、皆様の心の琴線に触れる何かがあるはず。古いことが素晴らしいのではなく、その古いものが綿々と受け継がれ、現代の私たちへと紡がれていることが素敵なことなのだと思うのです。
「アモーレ!」と陽気なラテン系になれる人もいれば、胸の奥底にある想いを表出できない方も多いはず。そんな方はぜひ、劇場へお運びください!運命の糸を感じに。ちなみに物語の中で重要なアイテム・鈴の緒は、神様と人を結んでくださっているのですよね。
波乃久里子でございました。