「ムーンライト・シャドウ」で吉本ばななに酔いしれる 小松菜奈らが好演
世界各国で翻訳される日本人作家の映画化は、日本の巨匠によるものから、海外の監督が手がけたものまで数多くあります。
なかでも村上春樹は絶大な人気を誇り、日本人監督はもとより、短編小説『神の子どもたちはみな踊る』はアメリカの監督とスタッフにより映画化、『ノルウェイの森』は日本製作ながら原作ファンのベトナム出身のトラン・アン・ユン監督が映画化、さらに短編小説「納屋を焼く」は、韓国の巨匠イ・チャンドンにより『バーニング』というタイトルで製作され、NHK総合での放送の他、劇場版も公開されました。
また、現在公開中である村上春樹の短編小説(「女のいない男たち」に収録)を映画化した『ドライブ・マイ・カー』は、日本人の濱口竜介監督が179分に及ぶストーリーとして膨らませ、結果的に世界三大映画祭の一つであるカンヌ国際映画祭で日本人初の脚本賞を始め、その他2部門を受賞、海外での上映も決定しています。受賞した濱口監督は、賞を取れたことに関して村上春樹の知名度や作品力も影響していると話していましたが、もちろん本人の原作愛が生み出した村上ワールドを大切にしつつ、濱口色の映像世界を紡ぎ上げた結果の賞なのです。
この他にも世界的に愛され、映画化されている日本人作家として、吉本ばななの名が思い浮かびます。しかも名だたる日本人監督が映画化しており、森田芳光監督による『キッチン』、市川準監督による『つぐみ』他、海外では香港のイム・ホー監督との日本・香港合作『kitchen キッチン』、韓国のチェ・ヒョンヨン監督との日本・韓国合作『デッドエンドの思い出』、ベルギーのリサ・スピリアールト監督による『N.P』の映画化など、2020年までの映画化作品は実に8本となります。
さらに2021年9月10日には吉本ばななの短編小説(「キッチン」に収録)を映画化した『ムーンライト・シャドウ』が小松菜奈主演で公開されるのです。物語は、恋人を突如事故で失ったさつきが、恋人の弟と共に喪失感に苛まれる中、ある日、不思議な女性うららと出会い、満月の夜の終わりに死者と再会できるかもしれないという“月影現象”を体験出来る日が近いことを知るのです。
実は本作も日本製作でありながら、エドモンド・ヨウというマレーシア出身の監督がメガホンをとっています。そもそも監督自身も原作ファンであり、プロデューサーからのオファーに対して自分ならではの構想を綴って返信したほど。その結果、原作には描かれていないさつきと等のデートシーンや、弟カップルとのダブルデートの様子をファンタジックに描き、更には謎の女性うららの日常の姿も映し出す他、センスが光る衣装やロウソクによる光の効果、小道具を用いたドミノ遊びなどを散りばめ、原作の世界観を大切にしたリリカルな映像を完成させました。
何より、さつき役にモデルとしてデビューし、今や映画はもちろん、広告にも引っ張りだこの人気女優・小松菜奈、等役にはモデルで俳優の宮沢氷魚、等の弟・柊役には俳優の他にもアーティスト活動も行う佐藤緋美、その恋人ゆみこ役には海外広告のイメージモデルとして活躍する中原ナナ、そして謎の女性うらら役に臼田あさ美という皆が絵になるキャスティングが吉本ばななワールドらしい幻想的な作風をリアルなものにしているのです。世界に認められる文学が持つポエトリックで叙情的な映画を劇場で観られるチャンス。“読書の秋”と言われるこの季節に、文学を映画化した美しい映像世界に酔いしれてみてはいかがですか?
(映画コメンテイター・伊藤さとり)