23歳で空想都市歴10年 「多奈崎市」の魅力を知っていますか 地方都市の喜怒哀楽を表現
多奈崎市は日出国大積県の県庁所在地、人口約38万の地方都市である。かつては城下町として栄え、高度経済成長期には湾岸に臨海工業地域が、内陸には高速道路が開通。市の中心は水然院、五船橋のエリアが分け合う。水然院の花月町は、様々なファッション店や映画館、百貨店などが立ち並ぶショッピングエリアとして君臨。電車通り(鈴井川通り)を中心とした五船橋は、飲食店や居酒屋が多く並び、夜はネオンが煌びやかな繁華街に様変わりする。市の課題は人口の減少傾向で-
これらは全て、空想の都市の説明である。都内の会社に勤務する加藤太一さん(23)は自身のサイト「空想都市・多奈崎」で街の情報を公開し、イベント等で多奈崎市のグッズを販売。最新の知識をもとに、更新を続けている。
加藤さんは中学2年生だった2012年夏、インターネットで架空都市・多奈崎市の創作を開始。地図を皮切りに、観光ガイドマップ、名物料理、ファッションブランドのロゴ、テレビ番組表などを創造。「地図や町の情景が広がることに達成感を感じました。だんだんと現実感が生まれていくのが楽しかった。どんな人が暮らしているのだろうか、もし自分が住んでいたら…と考えることが昔から好きでしたね」。10年間の活動を、うれしそうに振り返った。
1998年生まれ、千葉出身。旅行好きの両親の影響で幼い頃から地図好きだったという加藤さん。「記憶にない頃ですが、コンビニで祖母に欲しいものを買ってあげるよ、と言われて地図をねだる子どもだったみたいです」。地図を空想して自作することを趣味にしていた中2の夏、転機があった。「家族で熊本市を旅行した時、首都圏とは全く異なる魅力に驚きました」。バスターミナルが町の拠点を担い、駅前ではなく城を中心に据えた街並みが形成され、生活の中心が路面電車とバスであることなど、地方都市ならではの事象に心を揺さぶられた。
旅行を終えて程なくツイッターで「名前に縛られたくないので無意味なものを」と名付けた「多奈崎市」の空想地図を公開。SNSで全国の空想地図好きから好意的に受け止められ、オフ会には最年少で参加した。国内第一人者の空想地図作家で13歳年上の今和泉隆行氏とオフ会で知り合い、多くの影響を受けてきたという。実生活では前橋や宇都宮などの地方都市に足を運ぶようになった。駅周辺はビジネスホテルやオフィスビルが並び、歴史の古いエリアに中心街があるが、郊外に大型商業施設が林立したため、中心街が空洞化しつつある点など、自身の知見を空想地図に反映させていった。
高校2年時にデータが全て消える不幸に見舞われるも、首都大学東京(現東京都立大)に入学した2017年にパソコンを新調し「多奈崎市」を再興。関東圏だけでなく全国の地方都市に出向くようになり、地図で矛盾を感じた箇所には修正を加えた。ちなみに福井市と盛岡市がお気に入りだという。
2019年には、活動が飛躍した。今和泉氏に誘われ、ゴールデンウィークに開催されたマニアフェスタに「空想地図マニア」として参加。今和泉氏の「中村市(なごむるし)」と「多奈崎市」が並んだ。空想地図、製作した空想グッズを通して来場者と交流する楽しさを知った。同年には他のイベント参加や、NHK教育テレビに取り上げられることもあった。「サティオモール多奈崎南のフロアガイド」「多奈崎市長選2019」「大学一覧と高校一覧(偏差値付き)」など、続々とコンテンツを増やした。
しかし、多奈崎市の空想と創造は、人口減や中心街の空洞化を受けてファッションビル「FROM(フロム)」が20年5月に閉業して以来、停滞中。「コロナ禍でイベントがないと、なかなかやる気が…。それでもこの期間に城下町に関する本を読んで、今の地図のままでは過去の歴史とつながらないことが分かったので、手直ししていくつもりです」と気力は衰えていない。今年4月末に参加したマニアフェスタでは、久々に来場者との交流を果たした。「多奈崎で放送されるラジオ番組を本当に作りたいですね。多奈崎を舞台にした演劇、小説も書いてみたい。地図をもっと充実させたい」。23歳にして架空都市歴10年。声を弾ませながら、新たな夢は次々に飛び出した。
(よろず~ニュース・山本 鋼平)