コロナ禍前に隔離の恐怖を“予見”した映画『ピンク・クラウド』密室が欲望を吹き出させる
新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的は大流行)は2020年3月に宣言され、今やマスクは日常の必需品となっています。しかも隔離という言葉も当たり前のように使用される現代で、それを予知したかのような一本の映画が1月27日から日本で全国順次公開となりました。本作『ピンク・クラウド』はコロナ禍前の2019年に撮影され、時代を先取りしたセンセーショナルな内容からサンダンス映画祭やシッチェス・カタロニア国際映画祭他、多くの映画祭で話題となったブラジル映画です。
ある日、突如、頭上に現れたピンク色の雲。それに触れたら10秒で命を落としてしまう正体不明のその雲のお陰で人々はその場から動けなくなってしまいます。物語の主人公は、その日たまたま一夜限りの関係を持ったジョヴァナとヤーゴ。この雲のせいで政府はロックダウンの処置を取り、誰もが外に出られなくなり、ジョヴァナとヤーゴも強制的に共に暮らすようになります。
家族との連絡手段はオンラインのみ、友達の家で隔離となったジョヴァナの歳の離れた妹は他家族との生活で不安を覚え、ヤーゴの父親は認知症の症状が悪化していきます。やがて部屋での生活にフラストレーションが溜まり、それぞれの欲望が噴き出し始めるのです。
本作で長編映画監督デビューを果たしたイウリ・ジェルバーゼの完全オリジナル脚本は2017年に書かれたものです。また、ピンク色の雲にした理由については、一見、無害に見える色であり、女の子の象徴としてよく使われる色である薄ピンクの雲のせいで、本来は子どもを望まなかったジョヴァナが家庭に入ることを強いられるという皮肉からでした。
そんな映像心理は画角にも反映されており、室内で過ごすジョヴァナとヤーゴの姿を画面の端と端で見せるシネマスコープを使用することで、“互いの感情と向き合わなければならない”という逃げ場のない状況を表現しています。
ほぼワンシチュエーションだからこそ描ける、違う考え方を持つ者同士の折り合いの付け方や、時間が経つに連れ変化する人間の感情。そして規制がかかった状況が長期に渡ると、人は内向的思考になってしまうという人間心理を実験のように見せていく本作。けれど、先の見えない状況で一切外に出られず、不安だけが募れば人はどうなるのか? それこそが一番恐ろしい結果を生むと映画は予言しています。
(映画コメンテイター・伊藤さとり)