赤穂浪士、志村けんさんら多くの著名人も愛した酒 創業500年以上の酒蔵がこだわる“変えない味”

 神戸市・東灘区にある剣菱酒造株式会社は創業1505年以前と500年以上続いている酒蔵だ。江戸時代に上方から江戸へ運ばれる「下り酒」のひとつして名をはせた。初代の経営者は赤穂浪士が討ち入り前に飲んだ酒として爆発的な人気を得たこともあり、決められて製造量より多く作って販売したため、幕府によりつぶされる。その後も明治維新、関東大震災などがあって、経営者は5回変わっているが、変わらぬ味を守り続けている。

 現在の白樫政孝社長(46)は「倒産の危機はありましたけど、ホワイトナイトが登場したり、M&Aで乗り切ったりしてきました。誰かがやらなければいけないと思ったのでは」と話す。変わらないのは剣菱の「マーク」「味」「製造法」だ。ただ、昔ながらの道具を集めるのが難しくなったため、自社で道具の製造部門を設立するなど、代々受け継いでいくための苦労もある。

 全く違うタイプの酒がブームとなったときも、スタイルは守り続けた。「人気ではなく、信用を取っていく会社なので。味を変えないのが、お客さんとの信頼関係。あとは家訓である“流行を追わない、酒造りに投資を惜しむな、お客さまの手の届く範囲で販売しなさい”ですね。これは時代が変わっても大事なことだと思います」と揺るがない信念がある。“1本5万円で売りませんか”“ブランディングしませんか”“世界のお金持ちに向けて造りませんか”などの誘いもあったが、全て断った。

 「変わらぬ味を続けていけるのは楽しいですね。環境が変わっても同じ味を出すのが腕の見せどころなので」と胸を張る。酒蔵を3カ所にしてリスクを分散。「ひとつの蔵が対応できなくても他がカバーできるので。対応できなかった蔵の酒も方向性が大きくずれることはないので、あとは貯蔵年数さえ調整すれば、ウチの酒になっている」と明かす。

 「下り酒」は全国各地から多く人が集まる江戸に送られるため、どんな料理にでも合うようにと、味を複雑にする必要があった。現在の日本は食生活も変わり、世界各国の料理が食べられるなど、食文化も豊富になった。「人気はなくても、相性のいい料理は多いだろうと。たどっていくと、今の酒造りのままでいいということに」。酒の種類はレギュラー4本を含めた7本。不変の味は現代も通用する。

 以前、早くに父を亡くした若い女性から問い合わせがあった。一緒に酒を飲むことができなかったが、20歳を迎えて父が好きだった剣菱はどんな味なのか飲んでみたところ、この味だったのかと聞いてきたという。「ウチは味は変えないので、同じお酒です」と答えたところ号泣してしまった。「お酒の味はそういう思い出も詰まっていますので。こっちの都合で売り上げのために味を変えたらいかんな」と改めて思った。

 古くは赤穂浪士だけでなく、将軍家、公家の近衛家の御用達で、江戸の庶民にも多く愛された。白樫社長によると小泉純一郎元首相をはじめ、亡くなったドリフターズの志村けんさん、喜劇王の藤山寛美さん、落語家の先代・柳家小さん師匠ら著名人にも剣菱ファンは多い。マンガ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」にも登場したこともある。

 「いつも言っているのですが、ウチは日本酒の古典派で行きますと。もちろん業界全体としては新作もないと、落語の噺と一緒で広がらないので。今、日本で古典の酒を造っているのはウチだけなので、唯一になったら守っていかないと」と気概を示した。最近は昔の酒の復活を試みる酒蔵も他に出てきたが、製造法は同じでも当時の味を知っている、受け継いでいる人がいなければ、正解かどうかは分からない。

 「この味を次の世代に伝えることが使命です」。脈々と受け継がれる“唯一無二の酒”をこれからも造り続ける。

(よろず~ニュース・中江 寿)

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