進化し続ける人気ボクシング映画~『クリード 過去の逆襲』日本の人気アニメをイメージしたシーンも
今、俳優が監督を務めることが世界的に増えています。日本でもその流れを汲むように山田孝之、阿部進之介らが立ち上げた「MIRRORLIAR FILMS」や、WOWOWによる「アクターズ・ショート・フィルム」などの短編企画で多くの俳優が監督デビューを果たしています。
けれど俳優が自身のオリジナル脚本で映画主演を果たし、結果、スターダムに上がり、シリーズ2作目で監督も務めた作品といえば『ロッキー』(1976)シリーズのシルヴェスター・スタローンを忘れてはいけません。後にボクシング映画の歴史を作った『ロッキー』は、時代を超えて『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)というスピンオフを生み出したのです。
主人公はロッキーのライバルだったアポロ・クリードの遺児であるアドニス・クリードで、彼を演じるのは、『ブラックパンサー』(2018)にも出演するマイケル・B・ジョーダン。シリーズ2作目『クリード 炎の宿敵』(2019)では主演と製作総指揮を務め、5月26日(金)に公開された3作目『クリード 過去の逆襲』(2023)ではスタローンの意思を継ぐかのように初監督、主演、製作プロデューサーを務めたのでした。
今回は、引退試合を終え、ボクシング界の王者として名を轟かせつつボクシングジムを経営するクリードの元に、幼馴染デイムが突如、姿を現すところから物語は始まります。実はデイムはムショ帰りで老いてなおボクサーとしてリングに立つことを切望していたのでした。しかもクリードとデイムの間には誰にも言えない秘密があり、やがて二人を宿敵に変える出来事が起こります。
本作で注目すべき点は、マイケル・B・ジョーダンが監督を務めたことで今までにない演出が施されていたことです。実はマイケル・B・ジョーダンは大の日本アニメファンで、クライマックスの対戦で観客が煙のように消えるシーンは「NARUTO」をイメージしたとのこと。そのお陰もあり、今まで以上にファイトシーンがSFアクション映画のようなダイナミックさを持ち、より内面との戦いを映像で表現するものになっていました。もちろん、『ロッキー』お決まりの朝焼けの中でトレーニング後に頂上で両手を掲げるシーンなど、オマージュもしっかりありファン心をくすぐります。
さらに今はダイバーシティを目指す映画作りがハリウッドでは進んでおり、本作でクリードの娘で聴覚障がいを持つアマーラ役に、自身も聴覚障がいを持つ9歳のミラ・デイビス・ケントを起用しています。さらにアマーラの先生役は、ASL(アメリカ手話)コンサルタントであり、彼のアドバイスが脚本にも反映されているとのこと。エンタテインメント作品に自然に手話が盛り込まれることで観客に聴覚障がいの人達を知ってもらい、当事者俳優にも出演の場を増やすという試み。それだけでなく、アマーラが父親を見てボクシングに憧れるという設定から、女性でもボクサーになれるというメッセージも導入されています。そういった意味で『クリード』は「ボクシング映画は男だけのものではない」という新しいステージに立つ作品だったのです。
(映画コメンテイター・伊藤さとり)