『オッペンハイマー』だけじゃない 今年のアカデミー賞に見る戦争の影 米が実感する“緊張”

 本年度米アカデミー賞最多13部門ノミネート、7部門受賞(作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、編集賞、撮影賞、作曲賞)を果たした問題作『オッペンハイマー』が公開中だ。日本では一時、公開の予定が未定で、昨年12月に日本配給が決定、3/29から全国公開となっているが、IMAXカメラで撮影されたことから特にIMAXシアターが盛況だ。しかも原爆を作った男の物語といえども戦争そのものではなく、科学者の好奇心と政府との確執を描いた人気監督ノーランの作品という先に観た人々の触れ込みと、公開前に被爆地の広島と長崎で試写を行うなどの映画配給サイドの配慮ある行動から現在まで大きな問題には及んでいない。

  そんな『オッペンハイマー』と共に、この春、米アカデミー賞受賞作が立て続けに日本公開を迎える。まずは長編ドキュメンタリー賞を受賞し、日本では4/26に緊急公開が決定したウクライナのドキュメンタリー映画『マリウポリの20日間』だ。本作はAP通信取材スタッフがロシアによる軍事侵攻が続くウクライナの東部マリウポリ市の様子を撮影した命懸けの映像であり、被害に遭っている民間人にカメラを向け、産科病棟への爆撃により重傷を負った妊婦の姿や自分達が体験する恐怖に満ちた声も赤裸々に映していた。結果、ウクライナ映画初受賞となった監督の受賞した際のコメントは「歴史を正しく記録し、真実を明らかにし、亡くなった人々が決して忘れ去られないようにすること」という胸が締め付けられるものだった。それだけでなく、AP通信取材班は本作でピューリッツアー賞も受賞している。

  そしてもう一作、国際長編映画賞と音響賞を受賞した『関心領域The Zone Of Interest』が5/24に公開される。実は本作は、今年の米アカデミー賞国際長編映画賞の大本命と授賞式前から既に噂されており、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した際も見た人々から称賛の声が聞こえていたのだ。事実、米アカデミー賞では国際長編映画賞の他に作品賞、監督賞、音響賞、脚色賞にノミネートされていた。製作はアメリカ・イギリス・ポーランドの合作、アウシュビッツ収容所のすぐ隣で平穏な生活を送るナチス親衛隊の家族を映した作品だ。この家族の夫は収容所の所長であり、日々、多くのユダヤ人を隣で殺害している。しかし妻はそれについて触れず、子ども達と広い庭のある家で花に水をやり、友人達とパーティを楽しんでいる。この様子が淡々と固定カメラで映し出されるのが逆に不穏であり、向こう側から聞こえる悲鳴や大きな音にも反応しない様子が実に不気味なのだ。それに本作の妻の行動がやがて自分自身を投影しているように思えるのが何より恐ろしく、明らかに同じ地球で戦争が起こっていても無関心を装う私たち人類の姿がそこにあった。

 こうやって米アカデミー賞受賞の三作を並べてみると、あるメッセージが見えてくる。それは明らかに「戦争」だ。『オッペンハイマー』が生み落とした核爆弾により核戦争が起こりうる世界となった時代に生きる私たちは、他国の戦争を悲しみながらも手を出すことはせずに、平穏な毎日を送っている。しかし、実際に他国では多くの市民が命を落としているということを映画を通して伝える米アカデミー賞。確かに世界を見るといつ世界戦争が起こってもおかしくない緊張状況なのだ。この愚かな人間達の悪行を止められるのは、やはり人間でしかないという「反戦」のメッセージが今、世界中から映画を通して発信されている。

(映画コメンテイター・伊藤さとり)

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