幻の少女マンガで描かれたオリジナル楽譜 実際に演奏してみたら「普通にいい曲でした」作者の素養に驚き
漫画作品の音楽シーンを譜面化したオリジナル楽譜を、実際に演奏してみたらどうなるのだろう。風変わりなイベントがこのほど、都内の明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館で催された。筒井百々子の短編集「リトル・コンサート」(1988年初版、大陸書房)巻末の作者自らが記した楽譜が用いられた。
同館では現在、音楽がテーマである作品を紹介する企画展「マンガに耳を澄まして-音楽マンガ展-」を開催中。3月に始まった同展を締めくくる第4楽章(第4期)は「ジャズ、ブギウギ、ブルース、比喩、他」をテーマに6月17日まで続く。同展の特別イベントとして、「リトル・コンサート」に収録された短編「りる・ろん・ろん」で描かれた演奏シーンの楽譜が5月18日、同展監修者の西除闇さん、音楽仲間の計3人で演奏された。
「りる・ろん・ろん」は西さんが「オノマトペのみで描かれた『これぞ純然な音楽マンガ』」「マンガで音楽を奏でることの難しさと、それに挑む作者の音楽への深い愛が感じられる名作です」と解説する作品。19世紀末の英国を思わせる舞台で、汽車が止まったため、伯爵や平民らが身分の違いに関係なく馬車に乗り合わせ、最寄り駅に移動する。新曲に思い悩む作曲家を助けようと、乗客が力を合わせて作曲を行う物語。ほぼ全編が音楽シーンで、インドの王族らしき人物によるシタール演奏、馬車が進むひづめの音、ハーモニカ、子どもたちが食器を叩く音、老婆がカゴの中のロブスターを揺する音などが描かれた。楽譜ではオノマトペは歌詞として記された。
アコースティックギター、鍵盤ハーモニカを軸に、老婆の音を再現するため、かっぱえびせんを入れたザルを揺らしたり、ボウルを叩くなどパーカッション的な役割が加わり、ユニークな再現が行われた。四分の三拍子の指示がある通り、曲調はワルツ。演奏に合わせて作品のページをめくる演出も行われた。約3分間の演奏が終わり、演奏者からは「擬音の歌詞を、メロディと合わせて歌うのは意外と難しかった」「漫画の再現度が高い楽譜。作品を読むとよりよく理解できました」「演奏はほぼ譜面通りでした」などの感想が挙がった。
使用した楽譜は、漫画に合わせて、通常とは逆に右ページから左ページに進むため、「最初はどこから演奏するのか分からなかった」と苦笑いも。「テンポの指示だけ譜面にないので、馬車が歩くテンポで演奏しました」「本当はピアノ譜なのでピアノの方が聴き応えはいいのかな」「譜面として成立しているので、作者は音楽をやっておられたと思う」「普通にいい曲でした」などの意見もあった。「楽譜はちゃんとしているんですけど、作中の背景で描かれる譜面はデタラメでした」という意見には、ギャラリーから笑い声が起こった。どうやら作者の筒井百々子には、確かな音楽的素養があったようだ。
【次ページ】漫画家・筒井百々子さんとは
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西さんが強い関心を寄せる筒井百々子は元アニメーターで、主に1980年代から90年代にかけて作品を発表した。現在は消息不明という。
西さんは彫刻家として仏像をモチーフとした様々な作品を発表し、2023年には岡本太郎現代芸術賞オーディエンス賞を受賞した。02年から20年までは現代マンガ図書館〈ナイキコレクション〉に勤務。在職中は展示の企画・制作を担当し、08年にも今回と同様の企画展を立ち上げた。しかし「当時の10年ほど前(90年代末)までは連絡が取れた方がいたのですが」と、筒井との接触はかなわなかった。今回も連絡が付かず、本来は原画を展示したかったという無念さが演奏企画へとつながった。「何かのきっかけで、筒井先生と連絡を取れればうれしい」と話し、自身も加わった今回の演奏に対しては「現在絶版でほとんど読まれることのない幻の作品を、このようなちょっと珍しい形で蘇らせることができて嬉しかったです。これからもユニークな角度でマンガというメディアに新しい光を当てていきたいと思います」と感想を口にした。
同展ではピアノやバイオリンなどの音楽ジャンル、オノマトペや効果線など漫画表現ジャンルに分けて音楽漫画を紹介。各作品の掲載誌と西さんの監修者解説、それぞれの単行本が展示されている。1階展示室と2階閲覧室の両方で関連資料を手にとって読むことができるのは、珍しい試みだという。音楽を扱った作品として評価が高い「迷走王ボーダー」12巻(双葉社、1989年2月刊、原作・狩撫麻礼=かりぶ・まれい、マンガ・たなか亜希夫)の貴重な原画が展示されている。同展の開催日等の詳細は、明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館の公式サイトまで。
ジャンルとしての音楽はスポーツ、バトル、SF、ラブコメなどに比べてマイナーな印象をもつが、西さんは「2000年前後から音楽漫画は多種多様に増えてきました。70~80年代と違って、今の若い読者にとっては珍しくなく、一般的なジャンルだと思います。それは音楽が好きな漫画家たちが脈々と、音楽を漫画で表現する方法を積み重ねてきたからだと思います」と語っていた。例えば、クラシックを題材とした作品は少女マンガが中心だったが、2000年代以降は少年・青年漫画でも増加。ただし、ピアニストが主人公の少年マンガは増えたのに対して、バイオリニストはそこまで増えていない印象を持っているといい「研究の対象になり得ると思います」と話していた。
◆「マンガに耳を澄まして-音楽マンガ展-」第1楽章「ピアノ、音符、効果線・ムード、バンド」で1階展示ケースに陳列、解説文が添えられた作品(※【】内はジャンル) 【ピアノ】音吉君のピアノ物語(林倫恵子)、キス(マツモトトモ)、ピアノの森(一色まこと)、四月は君の嘘(新川直司)、トロイメライ(島田虎之介)、左手のための二重奏(松岡健太)、PPPPPP(マポロ3号)、ラプソディ・イン・レッド(あみだむく) 【音符(漫画表現)】ルードウィヒ・B(手塚治虫)、おじゃまさんリュリュ(大矢ちき)、歌う竜(めるへんめーかー)、あのこにもらった音楽(勝田文) 【効果線・ムード(漫画表現)】ママのバイオリン(ちばてつや)、死神の歌がきこえる(高階良子)、変奏曲(竹宮惠子)、星が音符になった夜(佐藤真樹)、コータローまかりとおる!(蛭田達也)、デュエットで歩こう(こさかべ陽子)、DRAGON VOICE(西山優里子)、未完成奏鳴曲(柘植かおる)、ノーホシTHEルーザー(間部正志)、机をステージに(紡木たく)、空のオルガン(竹坂かほり)、MAD JAM(岩田康照) 【バンド】気分はグルービー(佐藤宏之)、ドリームジェネレーション(吉岡つとむ)、RED(なかじ有紀)、NANA(矢沢あい)、ブラブラバンバン(柏木ハルコ)、けいおん! (K-ON!)(かきふらい)、宇宙の音楽(山本誠志)、覆面系ノイズ(福山リョウコ)
※1階展示室は入場無料。2階閲覧室は明治大学学生・教員および当館会員が利用可能。会員登録(1日利用会員から=有料)は要身分証明書確認。開館日時等は同館公式サイトまで。
(よろず~ニュース・山本 鋼平)