「人生が変わった」R-1史上初!アマで決勝進出から1年…プロに転身した「どくさいスイッチ企画」の現在地

 昨年のピン芸日本一決定戦「R-1グランプリ」でアマチュアとして史上初の決勝に進出した、どくさいスイッチ企画。当時大阪在住の会社員だった男は今、拠点を関東へ移し、肩書をプロのお笑い芸人として活動している。「人生が変わった」と振り返った夢舞台から1年、36歳で脱サラし次なるステージで奮闘する鬼才の現在地を聞いた。

  ◇  ◇

 上京から約10カ月、現状を聞くと「今のところめっちゃ楽しいですね」と即答した。「仕事の内容がガラッと変わったんで、全然違うステージに行ったなと思うんですよ。人生がどうなっていくか本当に分からなくなったんで。先は全く見えなくなりました、いい意味でも悪い意味でも」。そう語る表情にはこの先への期待感、30代半ばで脱サラしたリスクを背負い、それでもなお充実感に満ちているように見えた。

 「会社を退職しました 5月から関東に移住します」。昨年4月、自身のSNSでフリーのお笑い芸人へ転身することを発表した。世間的に注目を浴びたのはR-1決勝だが、それ以前から落語やお笑いのアマチュア大会で何度も優勝を重ねてきた。その度、周囲から転身を勧める声を受けてきたが、これまではアマチュアの立場であり続けてきた。

 「めっちゃアマチュアにこだわってたんですよ。アマチュアでどこまで行けるかを試していたところがあって、R-1もアマチュアの肩書で決勝に行こうと思っていました。(実際に決勝まで進んで)とりあえずアマチュアで行くところまでは行ったなと」

 史上初めてアマチュアとして決勝の舞台に立った2024年3月9日の夜。ひとりコント「ツチノコ発見者の一生」を熱演し、4位タイという好成績を収めた。「めっちゃ楽しかった。そこにいたるまでも、1回戦からだんだん上がっていって、決勝進出者の発表で名前を呼ばれて泣いて、決勝に出てという期間がめっちゃ楽しかった。人生が変わるよなと思ってましたね。この後、会社員を普通にやっていく自分は想像できなかったですね」と、アマチュアにこだわってきた胸中に別の思いが生じていた。周囲に相談の上、月末には会社を退職した。活動拠点を東京に移すことを決め、昨年5月に妻とともに埼玉県に移住。特段こだわりがあったわけではないが、事務所に所属しないフリーランスの形態を選んだ。

 現在、芸能活動は月10~15回のお笑いライブ出演が中心。単発のイベントやラジオ出演、執筆活動などもこなす。それと並行して、知人の会社で契約社員として勤務。また、経理業務のアルバイトも行っている。年収は「(会社員時代よりは)下がりましたね」としつつ「ただ暮らせないほどではないです。全部まとめてなんとかやってるっていう感じです」と明かした。

 住む場所や職業も変わったが、最も変わったのは「世界の見え方」だった。「全然変わりましたね。主体的に動くようになった」と話す。

 「会社って同じところにずっといるじゃないですか、上司がいて部下がいて。それが無くなった時に(自分は)めっちゃ人間関係のことを考えてたんだなと思いました。今も人間関係について考えることはあるんですけど、毎日その人と会うわけじゃない。その代わり、その場で会った人と仲良くなる技術が必要とされる。それって今までやってこなかった部分なんで、こういうスキルが自分には不足していたんだと」

 ひとりコント、落語、ショートショート、脚本…マルチな才能にはとっぴな仕事が舞い込む。ツチノコ映画のイベントに呼ばれたり、音楽ライブの合間でネタを披露したり。「『なんだこの仕事!?』みたいなこともいっぱいやらせてもらって面白いなと思います」と飽きない毎日を過ごしている。

 一方で、世界の見え方が変わったことで厳しい現実を突き付けられることもあった。2年連続の決勝を狙った今年のR-1、どくさいスイッチ企画は準々決勝で敗退した。数カ月前からブラッシュアップを重ねた勝負ネタだったが、ネタ終わりの体感で既に覚悟するほどの完敗だったという。「もう1回決勝に行かないと誰も見てくれないと思ってしまって、だいぶ落ち込みましたね。めっちゃ失敗したっていう気持ちだったんですよ。これはもうダメだと思ってしまって2週間くらいぼーっとした時期が続きましたね」と今までにない極度の落ち込みが襲った。

 昨年は1回戦から決勝まで全ての過程が「めっちゃ楽しかった」と思えた大会も、見え方が変わっていた。「落ちたらどうしようっていうのがあって。アマチュアが落ちるのは普通じゃないですか。本業になって挑んでみると…思ったよりプレッシャーでした。お笑い芸人になったのに、昨年より(成績が)落ちて失敗したと思われるのがすごい嫌だったんだと思います」と回想。“落ちて当然”の立場でなくなるということは、予想以上の重責だった。

 ただ、落ち込む気持ちを回復させたのは「転身したから舞い込んだ仕事たち」だった。「ありがたいことにバリエーションがあるお仕事がいっぱい入っていて、例えば大喜利のイベントに出たりとか、俳優さんとトークしたり、コントをやってもらったりとか、自分がネタをやる以外の仕事を結構振ってもらってたんですよ。そこで褒めてもらえたりして『別にR-1だけじゃないな』と思えたんですよ」と語った。

 冷静になったとき「自分が思っていた以上にR-1に懸けすぎていた」と気付いた。懸けすぎた結果、ネタ選びで冷静な判断を欠き、狂いが生じた。「R-1のために頑張るんじゃなくて、それ以外を充実させた結果、R-1でもいい結果が出せるみたいにしたいですね。絶対優勝を取りたいんです。その気持ちはあるんですけど、『R-1だけじゃないぞ』という気持ちを持っていないと危ないなと思います」と執拗(しつよう)な固執は不健康だと行き着いた。

 R-1で優勝するために必要な「それ以外の充実」。充実させるために仕事の幅を広げたい。最大の課題は「まず知られていないというところ。どういう人間かを誰も知らない」と自身の“取扱説明書”がないことと冷静に分析する。取材中、何度も「自分を知ってもらう」というテーマに口にした。だから最後に聞いてみた。どくさいスイッチ企画とは、何者ですか?

 「『コントもやれるフリーランス』っていう肩書を作ろうとしています。プロのお笑い芸人ではあるんですけど『芸人である』ということよりも『フリーランスとして食えていたい』という気持ちがあって。売れたいとは思っているんですけど、要するに『食えるようになりたい』」。

 R-1で人生が変わった元会社員がたどりついた「R-1だけじゃない」の境地。「コントもやれるフリーランス」となった鬼才は「脱サラしたんでね、(特殊な肩書でも)生計が立ってることが当たり前のところに行きたいですね」と前を向いた。

 ◆どくさいスイッチ企画(本名・青山知弘=あおやま・ともひろ)1987年9月8日生まれ、神奈川県川崎市出身。大阪大学の落語研究会に所属していた2010年、全日本学生落語選手権「策伝大賞」で優勝。その後、一般企業の会社員として働くかたわら、「第五回 社会人落語日本一決定戦」や「全日本アマチュア芸人No.1決定戦2023」で優勝するなど実績を積み上げる。24年に「R-1グランプリ2024」でアマチュアとしては史上初の決勝進出(4位タイ)。同年3月末で会社を退職、5月から上京し「コントもできるフリーランス」として活動している。

(よろず~ニュース・藤丸 紘生)

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