【ダービー】蛯名悔しさイスラで晴らす
「日本ダービー・G1」(6月1日、東京)
11年に生産されたサラブレッド7123頭の頂点を決める“競馬の祭典”ウイークがスタート。V最有力候補の皐月賞馬・イスラボニータに騎乗する蛯名正義騎手(45)=美浦・フリー=が、熱い思いを激白した。円熟の手綱さばきで今春G1・2勝の名手も、この大一番は21回騎乗して未勝利。だが悲願達成へ、機は熟した感がある。初Vまでの最多騎乗記録(柴田政人騎手=19戦目、93年ウイニングチケット)を更新し、競馬史にその名を刻む。
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◆レース前の混戦ムードも何のその、イスラボニータは1冠目の皐月賞を1馬身1/4差で完勝した。蛯名にとっては01年菊花賞(マンハッタンカフェ)以来2度目の牡馬クラシックV。今年で22回目の挑戦となるダービーに、自身が勝利へ導いた皐月賞馬で臨むのは今回が初めてだ。
‐皐月賞は鮮やかで、強い内容でした。
「全てがうまくいったね。折り合いがついて、スムーズに運べた。それに勝ったことはもちろんうれしかったが、次(ダービー)に向けて“いい形でいける”と思えた(ことも頼もしく感じた)」
‐イスラボニータには昨年6月の新馬戦以降、全6鞍で手綱を取ってきました。最初に乗ったころの印象は。
「今までに乗ったことのないタイプだったね。ネコ科の動物のような感じ。俊敏性があって、スッと反応できる。まあ、そんな動物に乗ったことはないんだけど(笑)」
‐唯一の敗戦(2着)はハープスターが勝った新潟2歳S。
「あそこが今までで最も厳しいレースだった。馬込みで苦しい形になったからね。ハープと同じように外へ出した方が良かったのかもしれない。ただ、あの競馬を経験したことが今につながっているはず。負けたことで得るものもあるから」
◆競馬の祭典への初出場は91年。それから23年、手綱さばきは円熟味を増している。
‐レース本番に向けての準備や心境は。
「普段と一緒だよ。周りが騒ぐだけで、自分としてはいつもと同じことをやるだけ。ただ、ダービーは独特の雰囲気がある」
‐やはりほかのレースとは違いますか。
「ダービーに対しての強い思いはみんなにあるでしょう。種付けをする時からダービー制覇を目指すわけだしね。騎手の立場で言えば1度は出てみたい、毎年出たい、1度は勝ちたいと思わせるレース。たとえ(人気の有無にかかわらず)どんな馬であっても」
‐最もVに近づいたのは12年に鼻差2着のフェノーメノ。レース後、「悔し過ぎて何とも言えない」と言葉を絞り出していました。
「着差が着差だっただけに何とかなったのでは…と思うところはある。ただ、自分なりに精いっぱいやったうえでの結果だからね。関係者には申し訳なかったが、一生懸命にやったからこそあそこまでいけたのかも」
‐今年は初めて、1番人気という立場で臨む可能性も高そう。
「人気を意識しないかと言えばうそになる。人気がないより、ある方が勝つ可能性は高くなるからね。そういう馬に乗せてもらえるのはありがたい」
‐過去のダービーで、ほかに思い出に残るレースはありますか。
「どのレースにも思い入れはあるが、04年のハイアーゲームかな。あの時は(キングカメハメハの仕掛けに合わせるように自身も動き、4角3番手と)“勝負”に行ったからね。それによって3着という結果になってしまったのかもしれないが、自分としては“ダービーを勝ちたい、勝たなければ何着でも一緒”という気持ちが強かった。関わっていた人に申し訳ない気持ちはあるけど」
‐キングカメハメハはレコードVでした。
「真っ向勝負を挑んで完全に跳ね返された。ただ騎手として、強い馬が相手でも勝つんだという気持ちで乗っているわけだし、そうでなければ駄目だと常に思っている」
◆イスラボニータの父は、95年皐月賞直前に屈腱炎を発症し、4戦4勝のまま引退を余儀なくされた“幻の3冠馬”フジキセキ。11年以降は種付けを行っておらず、現3歳世代が最後のクラシック挑戦という背景のなか、父に初のクラシックタイトルをもたらした。
‐父フジキセキは94年に新潟で新馬戦をV。実はそのレースで手綱を取っています。
「今でも深く印象に残っている。デビューは(まだ右回りの)新潟の芝千二だったが、レース前に渡辺(栄)先生から“蛯名君、千六の感じでサーッと回ってきて”と言われたのを覚えている」
‐結果は8馬身差の圧勝。
「先生も分かっていたんだろうね。初戦で負けるとか、そんなレベルの馬ではないってことを。走破時計は同じ開催の新潟3歳S(当時は1200メートル)より速かった。レース内容だけでなく、持っている雰囲気が違った」
父とタイプが違う
‐その父と比較してイスラはどうですか。
「父とはタイプは違うね。能力の高さとか受け継いでいる部分はあると思うが、乗り味は全く違う。あと、この子は体のサイズがちょうどいい。だからこそあの俊敏性があるのかもしれない」
‐父の血統から距離的な不安をささやく声も聞こえてきます。
「そうは言っても、(自身が10年の3冠牝馬へ導いた)アパパネのお母さん(ソルティビッド)だって現役時代は1200メートル以下のレースでしか勝っていないからね。血統はひとつのファクターではあっても、全てではない。そんなマイナス要素を考える必要はないし、とにかく自分の競馬をするだけだよ」
◆今春のG1では皐月賞のほか、天皇賞・春をフェノーメノで連覇。さらにNHKマイルCは12番人気キングズオブザサンで3着に奮闘するなど、抜群の存在感を放っている。
‐この春は流れも非常に良く映ります。
「何かを変えたということはないし、競馬に対する取り組み方は今までと同じ。結果が出ているのは自分だけの力で得たものではないが、これまでの積み重ねが“いい風”を吹かせてくれているのかもしれない」
(続けて)
「勝負の世界だからね。一生懸命にやったからといって結果が出るとは限らないが、一生懸命にやらないと何も始まらない。その時に成果は得られなくても、いつかは役に立つと思ってこれまでもやってきたからね」
‐美浦Wの1週前追い切りに騎乗して感触を確かめました。
「降雨が影響したのか、少しピリピリしてご機嫌斜めのところはあった。でも、他馬が走りづらそうにしていた馬場でもしっかり動けていたからね。とにかく順調にきている。それが一番だと思う」
‐最後に抱負を。
「いろいろな課題があったなか、ひとつひとつクリアしてくれた。勝つチャンスがあるのは間違いない。俺もこの年齢まで乗り役をやってきて、何度もダービーに乗せてもらったし、若いころとは経験値が違う。競馬は何が起こるか分からないが、悔いの残らないレースをしたい」