蛭子能収「俺を過大評価しすぎですよ」
「根本さんは、俺を過大評価しすぎですよ」と、蛭子能収は笑う。根本とは、伝説のサブカル漫画雑誌『ガロ』を牽引していたひとりで、過激な作風で知られる特殊漫画家・根本敬のこと。「電波系」「因果者」などのキーワードを作り出し、蛭子とはかつて漫画共作ユニットを結成した仲でもある。根本が主戦場にしていた『ガロ』には、白土三平 、水木しげる、つげ義春、池上遼一、杉浦日向子、林静一、山田花子、ねこぢる、みうらじゅん・・・といった、戦後のサブカルチャーを語る上で欠かせない漫画家たちが名を連ねており、蛭子能収もそのひとりだった。
そんな漫画家・蛭子能収の個展『えびすリアリズム』が、先の『京都国際映画祭』(10月13日~16日)のアート部門のひとつとして、京都の「元・立誠小学校」にて開催された。また、今年10月には『復活版 地獄に堕ちた教師ども』『パチンコ 蛭子能収初期漫画傑作選』と立て続けに出版されるなど、再び脚光を集めている。そんな漫画家・蛭子能収を、映画祭でトークショー後に直撃。その現状について、話を聞いた。
「最近は机に座って描くのが辛い」(蛭子能収)
──今回の『京都国際映画祭』には俳優ではなく、漫画家・イラストレーターとして参加。蛭子さんの漫画家としての一面にスポットライトが浴びる絶好の機会だと思いますが。
そうですね。ありがたくはあります、すごく。
──蛭子さんにとって、漫画家というのは本業ですよね?
一応、本業なんですけどね。だけど、テレビに出る方が楽だなって。本業なんですけど、めんどくさいんですよ。あんまり最近は、描きたいとは思わない。ホントに。どうもダメなんだよなぁ。アイデアも少しずつ出なくなってる。頭が後退してるんだろうなぁ。
──『ガロ』でデビューするや、その不条理かつ狂気的な作品で注目を集めたわけですが、かつてのサラリーマン時代の、たとえば上司や世間に対する鬱屈した思いが原動力となっていましたよね?
そうですね。そういう風になってたんですけど、今は自分にとって、怖い上司とかがいない感じですね。
──今はストレスフリー、だと。
許容範囲が広がってるのかな。もう年だし、少しゆるい考え方ができるようになったのかもしれないですね。でもまあ、もともと怒りっぽい性格ではなかったんで。最近は机に座って描くのが辛い。締め切りが・・・って思うと、描くのがおっくうになってますね。
──昔、『ガロ』に描かれてたときは、それこそ原稿料がなくても載せたいって思いで描かれていたと思うんですが。
今もそれはやってるんですよ。原稿料もらわないやつも。2カ月に1回ですけど。
──今回の個展もそうですが、作品集が出版されるなど、再び、漫画家としての蛭子さんが、アンダーグラウンドなところじゃなくて、わりとメジャーなフィールドで注目が集まりつつある今の現状をどう思いますか?
いや、そんなに集まりだしてないですよ。自分では実感がないです。なんか急に2冊、同時期に出たんですけど、たまたまが重なっただけで。ホント、売れるかどうか心配です。
──フランスでも数年前、ヘタウマの展覧会などで脚光を浴びてましたよ。
フランスで? やったかなぁ?(マネージャー氏に「フランス人は漢字が好きだから、文字入れたらって言ってましたよ」と言われ)そうかぁ。でも、ほんと、一時的に終わっちゃったんじゃないですかね、そんなブームは。俺はキテるとは思ってないですね。
──世間のイメージは、タレント・蛭子能収の方が強烈ということでしょうか。
そうですね。自分でもそっちに移行したいというか。朝から、ああ、この絵を描かなきゃいけないと考えるのがすごく辛いというか。頭を使う仕事が苦手になってる。頭を使わないで、人に使われるだけの方がいいなって。
──今日のトークショーでは、つげ義春さんもそうですけど、横尾忠則さん、根本敬さんら、その時代やガロ周辺の人の話が出てきてました。タレントとしての仕事のオファーが多いと思うのですが、つげ義春さんなんて、今でも憧れですよね?
そうですね。とても追いつきはしませんけど、すごいな、偉大な作家さんだなって。漫画家って言いづらいんですよね。芸術家みたいな感じですよね。
「質を落としてでも締め切りを守るタイプ」(蛭子能収)
──何度も聞かれてると思うんですけど、つげ義春作品のどこに惹かれるんですか?
やっぱり、『ねじ式』みたいな突飛な漫画を描いたかと思うと、普通の営みというか、現実的なものを描いたり、すごく不思議だなと。『ねじ式』なんか、電車が田舎の温泉みたいなところを走っているような絵があったりとか、不気味な感じがするし、懐かしい感じもするし。その不思議な感じが、すごくいいなって。
──先ほど、タレント業にシフトしていきたいとおっしゃってましたけど、漫画家としての蛭子さんを楽しみにしている人も多いと思うんですね。漫画を描きたい気持ちが蛭子さんのなかに湧いてくるには、どうしたらいいんでしょうか?
そうですねぇ。はっきり言って描きたいものがまったくないんですね。今はホントに、楽してお金が稼げる方がいいなって。
──漫画家は、本業じゃないんですか?
う~ん。ホントは漫画を描くのはもう趣味であって、なにもすることないから漫画を描こうとなったら一番いいんですけど、漫画を描くのもしんどくて。
──逆にタレント業や俳優業は楽なんですか?
役者は別の難しさもあるんでしょうけど、俺は役者の方が楽そうって思いますね(笑)。絶対間違ってますけど。セリフもできてないし。
──タレントや役者、トークショーなどもそうですけど、良くも悪くも責任を感じず、とにかく、やらされるままやっている印象ですが、漫画に関してはまた違うスタンスを感じるんですが。
漫画はとにかく、読み終えたとき、読者に面白かったと思ってもらうことが一番なので、なるべくそれに期待に応えるように、考えながら描いてますけど、年を取ってきて、俺が面白いと思うことが、若い人にとっては面白くないことかもしれないなって。
──でも、今日のトークショーで見せた漫画のスライドショーでは、若いお客さんも笑ってましたけど。
笑ってましたね。あんな単純なストーリーで、ああいうのでよければ。
──ストーリーやオチを考えるのは適当、とかおっしゃってましたが、漫画を描くことは適当にはできない?
う~ん、そうですね。締め切りがあると適当になってしまう恐れはありますね。内容よりも、締め切りを守ることが先決問題になるので。俺は締め切りを守るタイプなんですよね。作家タイプじゃないんですよ。締め切りを落としたら、お金が入ってこない。誰かに迷惑もかけるし。質を落としてでも締め切りを守るタイプですね。
──締め切りのない、趣味としてなら漫画は描ける?
趣味って言われたら、描かないかもしれない。締め切りを与えられないと、ほかの遊びをするでしょうね、麻雀とか競艇とか。たぶん。もう描くことが自分にとって、遊びにはならないんじゃないかなぁ。
──根本さんもよく言われてますが、「蛭子さんは自分への評価に無自覚」だと。
あぁ、そうですかねぇ。根本さんはちょっと過大評価し過ぎてると思う。
──蛭子さんを世界に出していこうという感じがありますよね、根本さん自身もですが。
根本さん自身もね(笑)。フランスとかそういうところに。俺はなんか、そういう夢みたいなことじゃなくて、現実的に細かいことでもいいから、きっちりお金が入ってくる仕事がしたいなって。夢がないですけど。
──でも、原稿料の無い漫画も描いてるじゃないですか。
それは昔からの付き合いだから、描いてるだけであって。一番最初に俺の漫画を載せてくれた雑誌社でもあるし、最初の頃は「お金はいらないから、載せてくれるだけでいいですから」っていうようなことも思ってましたので、今さらお金をくれとは言えないですね。
──今、蛭子さんの一番の関心事ってなんですか?
うんと、ちゃんと生きていけるのかなってことですね。老後というのがすごく頭にのし掛かってきてるんですよ。
──老後、ですか?
そう。老後。ちゃんと考えてなかったもんで、すごい怖いんですよね。働かないとお金が入ってこないし、老後のことを考えて貯金もしてなかったし。その、大丈夫かなって不安がすごくあります。ちょっと悲しくなりますけどね(苦笑)。
(Lmaga.jp)