なぜ紅茶の聖地になれたのか?「MUSICA TEA」の三代目が語る

2013年に大阪・堂島(大阪市北区)から兵庫県芦屋市に移転し、今年7月には6年ぶりに喫茶部門を再開して大きなニュースとなった「MUSICA TEA(以下MUSICA・ムジカ)」。三代目代表・堀江勇真さんが語る、今まで目指してきたこと、そして新しく挑戦したいことは何か? そして同店を知る同業者の言葉から、MUSICAがなぜ「聖地」となり得たのか、その理由を検証したい。

取材・文・写真/吉永美和子

「堂島に魅力を感じなくなった」(堀江さん)

どんなジャンルでも「聖地」と呼ばれる場所がある。音楽だったら「武道館」、阪神ファンなら「甲子園球場」・・・。そして関西の紅茶好きの場合「聖地はどこですか」と問われたら、そのほとんどが「MUSICA」と答えるだろう。

1952年に大阪・堂島で創業してから、喫茶とオリジナル茶葉の販売の両軸で、紅茶の伝道に力を入れ続けた同店。北海道から沖縄まで、多くの店が同店の茶葉を使用するだけでなく、ここで紅茶を学んだり、影響を受けたという紅茶専門店のオーナーも少なくない。

7月にオープンした「Tea saloon MUSICA(以下saloon)」はこの日、都市部から離れた夕方という時間帯にも関わらずほぼ満席だった。その大半がポットティーを頼み、友だち同士で楽しげに会話を交わしている。

「最低でも30分は店にいて、自分の時間を楽しむ人が多い。もともと(客を)回転させることを考えてないし、ゆっくりしていただくのがコンセプトのお店ですから」と堀江さん。

「MUSICA」は堀江さんの祖父が、音楽喫茶として1952年に創業。当時まだ珍しかった紅茶をメインにしたのは「店が入った建物のオーナーがインド人だったので、紅茶の葉や、スパイスティー(チャイ)用のスパイスが手に入れやすかったのではないか」と、堀江さんは推測する。

そして、1969年に堀江さんの父が店を受け継ぐと、喫茶だけでなく自社ブランドの茶葉の販売を始めるなど、さらに紅茶に力を入れていく。そこで「MUSICA」がユニークだったのは、お店のあった「堂島」という街をブランドとして打ち出したことだった。

「堂島は昔からお米(の取引)で知られる場所だったので、父が『米で有名な堂島が、今紅茶で有名になりました』というキャッチフレーズを考えたんです。それで『堂島=紅茶=ムジカ』と結びつけやすくなったのかなと思います」と堀江さん。

この地名と絡めたブランド化が、「MUSICAというおいしい紅茶の店が堂島にあるらしい」と、口コミで広がる大きな効果のひとつになったのは間違いない。その後、「MUSICA」は紅茶好きなら必ず知るほどの人気店となり、茶葉の注文も全国から舞い込むようになる。

そのひとつ大阪・天五中崎通り商店街にある「Tea House 茶摩」(大阪市北区)のオーナー・荒川芳美さんは、「30年前、紅茶ってどこで飲んでもおいしくなかったのに、MUSICAだけはおいしかった」と振りかえる。自分の店をオープンする前には、先代の社長に紅茶のレッスンを受け、現在も出している紅茶はほぼ「MUSICA」の茶葉だという。

「茶摩」のように「MUSICA」で紅茶を知り、紅茶を学び、お店を出した暁には「MUSICA」の茶葉を売りにする。そういう専門店が増えたことでさらに知名度を上げていき、店舗を近隣の大きなビル内に移転するなど順風満帆だったが、2013年に突然閉店。

経営面だけではなく「堂島に魅力を感じなくなった」のが大きな理由だった、と堀江さんは説明する。「以前堂島には映画館や劇場があって、その行き帰りのお客さんがお茶を飲んで過ごすという、文化的な雰囲気があったんです。近くには北新地もあるので、大人の社交場という感じにもなってました。でも(街の)年齢層が低くなって、そういうムードがなくなっていって。時間をかけてポットティーを楽しむ人も減って、パッと飲んでパッと帰る人ばかりになったし、ここはもう難しいかなと思いました」。

そうして堀江さんが三代目となったのを期に、「MUSICA」は堂島から芦屋に移転することになる。

水道水で煎れる? 本当においしい紅茶とは

「saloon」から徒歩約5分の所に「MUSICA」の茶葉販売の専門店がある。紅茶を知り尽くした店員にあれこれ訊ける上に、茶葉の試飲も可能だ。しかも小さな紙コップで数口というレベルではなく、ちゃんとポットティーにミルクを添えてサーブされ、しかもお菓子付き。

「商売なので、高いお茶をたくさん買っていただきたいという気持ちは、もちろんあります。でもうちの一番の目的は、お客さまがリピートしたくなるお茶を売ること。日常的に紅茶を飲むという習慣を広げることです」と、この採算度外視ともいえるサービスについて明かす。

「当初はここ(saloon)でも茶葉を販売しようかと思ったのですが、お店が混んでいたらお茶の説明ができなくなるので、結果的に正解でした。だからここはショールームですね(笑)。ここで気になる紅茶を見つけたら、販売店できっちり説明を聞いて、気に入ったら買ってもらいたい」という。

「茶摩」の荒川さんも、「同じ品種でも、ほかのメーカーより味も香りも濃い」とMUSICAの茶葉のクオリティに太鼓判を押す。しかし客の間では「家で煎れるより、こっちの方がおいしい」と、結局「saloon」に戻る人も多いのだとか。店ではかなり特別な煎れ方をしているのかと思いきや、尋ねてみるとそのコツは家庭でも十分真似ができるほど簡単だった。

「まず水道水から沸かしたお湯を、沸騰直後に煎れる。くみ置きを使ったり、沸かしっぱなしにしたお湯は酸素が少ないので、紅茶の香りが引き立たなくなるんです。あと抽出時間は小さい葉だと3分、大きい葉だと5分は置いてほしいです。それより短いと、お茶の味が十分出てなくてもったいない。ポットの茶葉はすぐ抜かずに、味や香りが濃くなっていくのを楽しむのがおすすめです。決まりと言えるのはたったこれだけで、全然難しいことはないんですよ。紅茶って、本当に簡単においしく飲めるものなんですけど、お店ですらそれができてない所が多いですね」(堀江さん)。

喫茶でおいしい紅茶を知ってもらい、さらにいい茶葉を厳選して販売することで、日本人の生活のなかに「紅茶」をより深く浸透させる。この紅茶への使命感の強さが、「MUSICA」の聖地化の大きな理由のひとつのようだが、紅茶の普及に熱心なのには「おいしいから」以外にも何かあるのだろうか?

「今はみんな忙しくて、家族ですらコミュニケーションの時間が取りにくくなってますよね。そんな時代だからこそ、みんなで一緒にお茶を飲んで、話をする時間が重要。そこでコーヒーでも日本茶でもなく紅茶がいいのは、紅茶にはコミュニケーション能力を高める成分が含まれてると、科学的にも証明されているからなんです。紅茶の本当のおいしさに加えて、ティータイムの習慣も定着すれば、日本人の人間関係や生活はより豊かになるんじゃないかと思います。その実践ってわけじゃないですけど、従業員も営業時間前後に、必ずティータイムを取ってるんです(笑)」(堀江さん)。

脈々と受け継がれる思い、聖地たる理由とは

6年ぶりに再開した喫茶部門は、トーストの種類が増えたぐらいで、堂島の喫茶時代とメニューにほとんど変化はない。今のご時世に合わせて・・・、たとえばMUSICA流のタピオカミルクティーなんてかなり上質で評判になりそうなものができそうですが? と聞くと、堀江さんは「うちの昔からのお客さまは、フレーバーティーでも嫌がる人が多いから、受け入れられないでしょうねえ」と笑う。

「やっぱり長くお店を継続させるには、オーソドックスなのが一番いいんですよ。流行に乗るのではなく、ずっと同じスタイルでやっている所は、お客さまにとってはいつ来ても安心できると思うので。もし『saloon』が定食やタピオカを出したりしたら『MUSICAって変わったね』ってなりますよね? ブームに合わせて簡単に変わったら聖地ではなくなる。いつ来ても『これこそMUSICAだ』と思ってもらえることが、重要なポイントなんです」とも。

その一方、堂島時代から20~30種類ある茶葉のラインアップに大きな変化はないなか、数少ない新商品が「芦屋プラウド」。安価で気軽に楽しめる看板商品「堂島ブレックファースト」に対し、ポットの1杯目と2杯目で香りと味わいが大きく変化する、少しセレブな紅茶だ。このお茶には「芦屋」を新しい聖地にすることへの、堀江さんの強い思いが込められている。

「昔より紅茶が飲まれるようになったとはいえ、日常的に飲む人は、まだ日本人全体の10分の1にも満たない。でもそれは、本当においしい紅茶にめぐりあってない人が多いから。実際この店をオープンしたときも、コーヒーばかり飲んでたという人が『紅茶ってこんなにおいしかったんや』って、立て続けに来てくれたんですよ。せっかく芦屋に来たわけだし、ここから少しずつ街に浸透して『MUSICAっていう紅茶のおいしいお店が、芦屋にあるらしい』となってくれたら。MUSICAによって、芦屋のブランドイメージがさらに上がった、ということになればいいなあと思います」とさらなる夢を語った。

この日の取材中、「MUSICA」名物のスパイスティーを煎れてくれたのは、堀江さんの娘・真彩子さん。茶葉の販売店で2年間働いてたというだけあり「渋みが苦手なら、キャンディ(の茶葉)がいいですよ」と、サラッとオススメが出てくるなど、すでに父親や祖父、曽祖父と同じように、立派な紅茶道へと足を踏み入れている。堂島から芦屋に場所を変えても、聖地は「聖地」であり続ける。

(Lmaga.jp)

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