「密室殺人に緊張」と松本幸四郎 美しさに息飲むシネマ歌舞伎とは?
平成30年7月に、「大阪松竹座」でおこなわれた二代目松本白鸚、十代目松本幸四郎襲名披露。そこで上演された『女殺油地獄』が、11月8日よりシネマ歌舞伎となってスクリーンに登場する。幸四郎による主人公・与兵衛が、市川猿之助が演じるお吉を殺す場面が見ものの同作。幸四郎は「収録・編集協力」でも本作に参加し、映画界で活躍する監督やスタッフを迎えて、場面によっては舞台上にカメラを上げて撮影したという。映像化にあたっての思いを幸四郎に訊いた。
取材・文/岩本 写真/木村正史
「映像として見る『女殺油地獄』を作りたい」(幸四郎)
──『女殺油地獄』を映像化することで、もっとも意識されたことは何ですか?
シネマ歌舞伎を作るにあたって、監督にひとつお願いしたことは、舞台で上演したものをそのまま再現することが目的ではなくて、映画館で観るもの、映像として観る『女殺油地獄』として作っていただきたいということ。
そのためには場面のつなぎ方や、音楽、お客さまの反応など、足したり引いたりして、いじってくださいとお願いしました。監督をはじめ、スタッフのみなさんに作っていただきましたが、私も幕の切り方や、次の幕への始まり方などを打ち合わせさせていただきました。
──幕の切り方、始まり方というのは?
一場、一場をどう見せていくか、ですね。舞台でしたら、休憩があって、舞台転換時間がありますが、『シネマ歌舞伎』では最初から最後までずっと繋がっていくので。どういうふうに時間経過を表すかは考えました。
──映像にすることで、一番見せたかったものは何でしょうか?
お吉の心理描写や、与兵衛の気持ちの変化など、表情やちょっとした仕草をクローズアップできるのではないかと。実際に演じていることは舞台で上演するものと同じですけれど、目の動きの小さな変化など、客席と舞台の距離感ではなかなか受け取ることができないので、それをしっかりと見ていただける作りになっていると思います。
──映像に映し出された表情の変化は、1列目でも見られないものでした。その近さは『シネマ歌舞伎』ならではの醍醐味ですね。
監督とそういうカット割りをしてくださいと相談したものではなく、監督が見て「もっと強調したい」と寄りのカットにされたと思うので、そういう意味では『女殺油地獄』の演出のすごさだなと改めて感じました。
「密室殺人の臨場感に緊張した」(幸四郎)
──お吉との心理戦を繰り広げる緊迫した場面は、鬼気迫るものを感じました。
殺しを決めた瞬間から、殺しをやるまでの場面は本来、義太夫(語りや伴奏)が入っているのですが、すべて義太夫なしで撮りました。
──義太夫が入らないとなると、舞台での空気感が違ったかと思いますが。
密室殺人ってこういうことなのではないかなと緊張しましたね。まったく経験しなかったことでした。密室での殺人は、これだけ静寂なんだなと。自分に聞こえてくるのは相手の苦しい息遣いや、油がぴちゃっと落ちる音だけですから・・・。『女殺油地獄』を演じるにあたっても、すごくいい経験になりました。
──ほかにも義太夫をカットしているところはありますか?
殺す瞬間もカットされています。それは歌舞伎の『女殺油地獄』としては衝撃的なことです。とどめを刺す場面なので、一番必要なところかもしれない。そこでカットしている点もシネマ歌舞伎版の大きな特徴だと思います。ただ、それが別に不自然には感じないんですよね。
それは違うことをやってみようということが目的ではなく、「この場面をどう見せると効果なのか」と監督が決めたことなので、監督のすごさに尽きます。監督自身は一番悩んだところではあったようですが、この演出は『シネマ歌舞伎』でしかできないことかもしれないので、改めて作った価値があったなと思います。
──お吉役の猿之助さんとは8年ぶりだったそうですね。
与兵衛は突進していく方ですから、それをどう受け止めて、どう返してくるかがお吉の役で。そういう意味では、猿之助さんはどこに投げても受け止めてくれますし、投げ返すときもあります。安心感といいますか、100%信頼のなかでやらせてもらっている感じでした。
──映像をご覧になって、お気に入りのシーンはありますか?
一番ドラマチックなのは殺しのところですけど、襲名披露ということもあって、与兵衛のお父さんは中村歌六さんで、お母さんが坂東竹三郎さん、兄が中村又五郎さん、妹が中村壱太郎さん。お吉の旦那に中村鴈治郎さん、叔父の山本森右衛門は市川中車さんと、最強の配役でやらせていただいているので、すべてを観ていただきたいです。
「シネマ歌舞伎にはナビのような役割がある」(幸四郎)
──与兵衛は本当に、どうしようもない人間です。演じる際はどんなことをお考えでしたか?
1幕ではどれだけ頼りなく、ふわふわしているか。2幕目は家のなかで好き勝手している、本当にどうしようもない姿。最後は、殺すまでの心情の変化ですよね。それらひとつひとつ、台本に書いてある通りをきっちりやっていたので、自分でああしよう、こうしうとは一切考えずにやりました。
与兵衛は感情のみで生きているような男ですから、やることは全部が本当。お吉に不義を迫る場面も、直後に殺そうと思うときも、すべて真剣なんです。計画的には考えていない。そんな生き方が描かれています。
──幸四郎さんは2015年にラスベガスで『鯉つかみ』と『獅子王』を上演され、10万人を動員されました。昨今、歌舞伎をどう伝えていくかという新しい動きがさらに盛り上がっているように思うのですが、新しく歌舞伎を見せることについて、幸四郎さんはどういうふうに考えていらっしゃいますか?
歌舞伎の可能性ですよね。シネマ歌舞伎もそうですが、ラスベガス公演も単なる歌舞伎の紹介ではありません。歌舞伎の専用劇場は日本にしかないので、日本に来て劇場で実際に観ていただきたいと思っています。
じゃあ、なぜ外国でやるのかというと、外国でしかできない歌舞伎を作りたいと思ったんです。映画館で観る歌舞伎も、映画館で歌舞伎という素材をどう見せられるか、その可能性を探っていきたいと思いました。
──そうなんですね。舞台のダイナミズムももちろんありましたが、シネマ歌舞伎として見せることで『女殺油地獄』のドラマ性もすごく感じました。
近松門左衛門は、比較的ドラマ性の強い作品で、そういう作風は『シネマ歌舞伎』に向いていると思います。舞台の一番の特徴は、自分の好きな見方ができることです。主役を必ず観る必要はなくて、舞台のどこを観てもいい。
一方、『シネマ歌舞伎』は「この作品は、こう見てください」とナビをしてくれるものなんですよね。そういう意味でも、ドラマ性の強いものはさらに分かりやすく観ていただけます。歌舞伎のドラマ性を知っていただく上ではとても観やすい作品になっていると思います。
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シネマ歌舞伎『女殺油地獄』は、11月8日から28日まで全国58カ所の映画館で上演。チケットは一般2100円、学生・小人1500円。
(Lmaga.jp)
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