未曾有の事態でどうする?関西の劇場の挑戦「E9」の場合

徐々に日常を取り戻し始めた関西だが、劇場やライブハウスはまだ全面再開とはいかない所がほとんど。そんななか、京都の小劇場[THATRE E9 KYOTO(以下E9)](京都市東山区)は、劇場に一切人を入れない『無人劇』を発表するなど、休館したままでも「演劇」を発信する、ユニークな試みに挑戦していた。

「無人劇などの不条理劇、演劇と劇場の形を模索」

新型コロナウイルスの影響で、「予定していた公演がすべてなくなっても、何らかの形でお客さまに演劇に触れていただきたかった」と、同劇場の芸術監督で演出家のあごうさとし。そこで取り組んだのが、劇場に一切人を入れない『無人劇』だ。

演劇とは、開催日時やチケット料金などを事前に告知するもの。「なので、4月29日の午後2時に『無人劇』をするので、参加したい方は料金3000円をお願いします。でも劇場には来ないで、その時間にお客様のおられるその場で深い呼吸をしてください、と呼びかけました」と不思議なことを言う。

具体的に見せる作品はなく、ただ全員が同じ時間に「演劇」を意識しながら深呼吸をするだけ、そんな試みだ。あごうは、「それでも135人の方々が、チケットを買ってくださいました。公演直後には、どのように過ごし、どんな感想を持ったかというメールが何通も届いたんです。そんな経験は初めてでしたね。お客さまとのつながりを強く感じられました」と手応えを感じたようだ。

全国の劇場の多くは、休館期間中に過去の舞台や無観客公演などを発信。一方で、E9がやってることは哲学的、思考実験に近い。しかしあごうは、「演劇って、基本的に客席と舞台の間に妄想や想像がバーっと立ち上がることで成立するもので、劇場はそのための場所。むしろその基本に、真面目にのっとってると言えるんじゃないでしょうか」と笑う。

同劇場の現状については、「とても困ってます。でも100%じゃないんです。99%は困って、1%は面白がってる」と、館長を務める狂言師の茂山あきら。「というのも、この1%から何かが出てくるかもしれないから。良い方か悪い方かはわからないけど、不幸だととりあえず進もうとしますからね」と、この動きのなかから何かをつかもうと考えている。

これにはあごうも、「動画サイトやZOOMで発信する芝居がどんどん生まれているし、実際私も今、ZOOMで芝居の稽古をしています。『人が実際に集まらないと、創作も発表もできない』という演劇の典型が変わるということは起こり得るでしょう。いろんな形式や、伝える角度みたいなものも、当然変わってくるんじゃないか」と期待をふくらませる。

「コロナ禍で感じた、重要なのは人との関係性」

では、コロナをきっかけに演劇の形も大きく変わるのか?と頭をよぎるが、「いや、そんなに変わらないかも」とあごう。「というのも今回の騒動で、改めて思ったのは『人との関係って大事だなあ』という、すごく初歩的なことなんです。逆に基本に戻ってる」と話す。

茂山がこれを「文明」と「文化」の対比で紹介し、「文明は社会を便利にする一方で、人間関係を遠くして、さびしくしてしまう。そのときに『もう少し他人に近づきましょうよ』とうながしたり、さびしさを癒やすのが、文化の役目です。文明も大事だけど、もっと大事なことはないかな? と言い続けるのが基本であり、それを作るのが芸人の生きざま」と説明する。

経済もまわらない状況下で「文化はいらない」という言説もあるが、「私の基本的な考えとしては、文化に裏打ちされてない人間の行為なんてありえない」とあごうは強く訴える。

「人が何を美しいと思い、何に苦しみ、何が欲しいと思うのか。その背景には必ず文化があり、社会生活に反映されていくんです。その背景が豊かであれば、表に出てくるものも豊かになるし、貧相であれば貧相なものしか出てこなくなる」とも。

文化のなかでも、2000年以上に渡って文明とバランスを取りながら生き残ってきた演劇という表現。コロナ禍がさらなる変革のきっかけになるかどうかは、これから答えが出るだろう。茂山は「変わるようで変わらないんだけど、変わらないようで変わる。そういう堂々めぐりを、しばらくやっていくことになるんじゃないでしょうかね」と冷静に話した。

「何のためのコロナか、E9はどこへ向かうのか」

そんななかでいま、E9にできることは何か。「小劇場の運動は、いつの時代にもなければいけない。メジャーがあれば、絶対マイナーがあるわけで。玉石混淆のものを磨き続けた、そのなかにメジャーが潜んでいる。いつも実験をしないといけないし、小劇場はそのために存在し続けなければならないと思います」と茂山。

しかし現実的に、小劇場は民間の力で支えるのか、公的資金で運営するのか、という大きな命題も。「E9は、税金を1円も使わずに建てましたが、活動を拡張していく上で、公的な助けも必要になってくるはず。給付金10万円だって欲しいですし(笑)」とあごうは正直に話す。

「でも地域に根ざした文化活動の、新しい方向性を探るのも、E9の基本。そこで100%税金に頼ったら、運営は安定するでしょうけど、活動の仕方や芸術の世界観が、極めて限定的なものになってしまう恐れがある。そこが難しい判断」と頭を悩ませているようだ。

また一方で、「ご飯を食べたり空気を吸うように、劇場で芸術を楽しむことが当たり前になっている街を、地域の方たちと一緒に作っていきたい。だから劇場を再開するにしても、周辺住民の方たちに、不用な心配の種をまくようなことはしたくないんです」と自らのスタンスを説明。

茂山も、「人が集まる所はやっぱり、安全性が保たれてると感じられないといけませんよね。危険なお家には帰りたくないように、危険な場所には行きたくない。家をちゃんとフォローするのは、家主である僕らの責任です」と気を引き締める。

「その点でE9は、業務用の強力な換気扇を入れてるので、むしろ家にいるより安全かもしれない(笑)。今は短距離的な視点ではなく、世間の状況の推移に合わせながら、運用ルールを定めようとしている所です」と、再開への準備を進めているという。

自ら表現者として活動を続ける2人。あごうは、「世間との同調も大事ですけど、表現者としての自由な空気も勝ち取りたい。そのバランス感を、劇場を運営する私たち1人ひとりが持てているか。コロナの後に、劇場文化が発展するかしないかは、そこにかかってると思います」と緊張感も。

茂山も同じく、「そこで間違えたとしても『これだけ進んだから、戻るのは惜しい』と思わないことですね。右に曲がったのが間違いとわかったら、すぐ左に曲がったらいい。そういう気持ちでコロナとは戦っていかなきゃいけないし、そこで本当に何も変わらなかったら、何のためにコロナがあったのか? という話になりますよ」と気を引き締めた。

『無人劇』のような「劇場を使わない演劇作品」に特化した仮想空間「THEATRE E9 Air」を、今月から本格始動させるE9。「小劇場は実験をする場所」の言葉通り、「新しい生活様式」に対応した演劇を作る実験に、どこよりも積極的に取り組んでいる。京都の若い才能はもちろん、手練の館長や芸術監督が作る刺激的な舞台を、約100席の小さな空間から、彼らは今後も発信し続けていくだろう。

取材・文/吉永美和子

(Lmaga.jp)

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