大会引退をかけた幻の日本一カクテル、バーテンダーの本心は

新型コロナの影響で2020年大会が中止となった『全国バーテンダー技能競技大会』。本大会を最後にコンクール出場から引退するつもりだった神戸のバー「サヴォイ オマージュ」(神戸市中央区)の森崎和哉さんに、カクテル作りやコンクールへの思いを訊いた。

バーテンダーの技能を競う場として、日本バーテンダー協会が年に一度主催する同大会。創作カクテル、課題カクテル、フルーツカッティング、学科の4科目で競われ、森崎さんは2019年大会の創作カクテル部門で1位を獲得した。

4科目を合計した総合点も3位に入り、「次こそは総合優勝を」と狙って新作を考案したが、コロナ禍により大会は中止となったのだ。

リュウゼツランを使ったメキシコの蒸留酒「テキーラ」をベースとした、濃いピンク色の美しいカクテル「アンコール」。

テキーラは独特のクセがあるため、カクテルにするのが難しいとされるが、そのクセがいい意味で個性となり、奥行きのある味わいに仕上がっている。

しかし森崎さんは、せっかく考えたレシピを次回のコンクールに持ち越さず、「たぶん変えると思う」と言う。渾身の作品を幻にしてしまうのはなぜか、話を訊くと意外な回答が返ってきた。

「残るカクテルを考えたい」(森崎さん)──コンクールでベースのお酒にテキーラを使うのは、珍しいそうですね。

森崎 テキーラはクセがあるのでやや使いにくく、避けるバーテンダーが多いんです。実際に今までのコンクールで、テキーラを使ったカクテルが創作部門1位になったことはありません。

でも、去年「創作1位」という結果を出した僕であれば、テキーラを使っても「そう来たか」と評価される土俵にいるんじゃないかな。

やっぱりコンクールの原点はチャレンジ。周りから「同じパターンで来たな」と思われたくないので、みんなが避ける材料を使ってみたいんです。

──カクテルのネーミングも審査対象になるそうですが、「アンコール」という名前にはどんな意図があるんですか。

全国大会で勝ったカクテルは、その後のバーテンダー人生で長く一緒に歩むもの。作るたびに「それ何語?」「なんていう意味?」とやりとりするのも面倒なので、誰もが理解できる名前にしたいなと。

しかも、アンコールは「もう一度」という意味で、みんなで場を共有して盛り上がるイメージ。コンクール会場のお客さんも審査員も一体になるような高揚感を出せば、勝ちに行くカクテルとしてふさわしい!ええやん!って。

実は、こういうシンプルなネーミングは点数が取りにくいんですけど、僕はそれより、「残るカクテル」として考えたいと思いました。

──森崎さんは今年で43歳です。出場選手のなかでは年長ですが、コンクールからの引退を考えることはありますか。

周りからも「そろそろ若い人にチャンスを譲ったら」と言われるし、僕も気にしています。でも、現在の日本バーテンダー協会の早川惠一会長に「周りなんか関係ない、納得してやめろ」と言っていただいて。

早川さんも昔、全国2位で引退した人です。「会長が言ってるからええか」と自分に言い聞かせ、コンクールの控室では若い選手に声をかけたりして、後輩たちに背中を見せることを意識しています。

──では森崎さんが「これで引退やな」と思えるのは、どんなときでしょう?

それは僕もわからなくて。勝って(総合優勝して)やめるしかないのかな。

でも自分の考え方も変わるだろうから、勝てなくても「やり切った」と思って引退することもあるかもしれない。でも、今まで「やり切った」と思えたことが一度もないんです。

──「やり切った」とはノーミスの試技をすることなのか、たとえミスをしても「出せるものは出した」と感じることなのか。

ミスの有無というより、この1年、自分をごまかさずにどれだけコンクールに向き合えたか。仲間のバーテンダーへの振る舞いも含めて、本番の1日をいかに迎えられたかだと思います。

・・・もう、精神論の世界ですよね(笑)。

でも亡くなった師匠が、「うちからチャンピオンでぇへんかな」と言っていたので墓前に優勝を報告したいし、お店のお客さんには、遠方で開催される大会にわざわざ足を運んで応援してくれる人もいます。

だから最後は、みんなで喜びあって引退したい。コンクールに出続けている理由は、もう僕だけの問題じゃない気がします。

「ほかの誰かが真似しても、おいしくならないです」(森崎さん)──そこまでの思いで考案した「アンコール」を、すでにお店でお客さんに出していますよね。それはなぜですか?

僕は普段からレシピができた時点で、コンクール出品前でもお客さんに「出す派」なんです。独りよがりが一番こわいし、お客さんの反応を見て「なぜそう感じたか」を考えるほうが作品に力が宿ると、長年の経験でわかっているので。

──コンクールがある年なら、そうするのも理解できます。しかし、今年は大会が中止になりました。最後のつもりで作った渾身のカクテルを、来年の大会前まで企業秘密にしないのかなと。飲んだお客さんがSNSに投稿して、ライバルのバーテンダーの目に触れる可能性もあるじゃないですか。

ははは、そこですか(笑)?

自分の力量と感覚があってこそ伝わる作品なので、ほかの誰かが真似しても、おいしくならないです。

──真似でなくても、作品を見れば森崎さんが何を考えていたかわかりますよね。それを参考にして、作戦を変える選手もいるかもしれません。

僕の作品を見て「俺の考えたカクテルじゃあかんわ、もっと頑張ろう」と思う人がいるなら、大会がレベルアップしていいじゃないですか。僕はそれを超えるものを作ればいいだけ。

むしろ1年空いたんだから、僕も1年ぶん進まなければいけません。だから僕のカクテルも、アップグレードするんじゃないかな。

仮にまったく変えないとしても、1年間秘密にしてそのまま発表するのと、お客さんに出して返ってきたリアクションを取り込んで、考え抜いた結果として変えないのとでは、本番の舞台に立ったときの僕の自信が、全然ちがうはずです。

──ということは、同じレシピとネーミングのままでいく可能性もゼロではないと?

ゼロではないです。でもたぶん、何か変えるんじゃないかな。

今年はコロナもあったし、いろんなことを感じました。その心境や1年で得たものを作品に反映させたいし、そのほうが評価もされると思うので、またコンクールと向き合う時期が来たら、何か新しいものが生まれるような気がしています。

僕はコンクールのカクテルを、当日までに現場でお客さんと育んでいくものだと思っているんです。お客さんにその意識はないでしょうけど(笑)。

いつか後輩たちに「コンクールで勝ったからって、バーテンダーの値打ちなんて何も決まらへんで」と言いたいですね(笑)。これは勝たないと口にできないですから、勝ちたいなあ!

ただ、技術を磨いてお客さんにおいしいものを飲んでいただくのは、バーテンダーという「職人」として当然のことです。いつかコンクールを卒業しても、その努力は一生続けます。

同店の営業は、夕方4時から夜11時半まで。年内は12月29日まで、新年は5日から。

取材・文・写真/合楽仁美

(Lmaga.jp)

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