「笑いの鬼」と称される伝説のNSC講師、本多正識はなぜ笑わないのか

「これまでネタ見せでは、僕はただの1度も笑ったことがないから」

大勢の生徒たちに鋭い目を向けながらそう話すのは、オール阪神・巨人などの漫才台本の作家で知られる本多正識(まさのり)氏だ。本多氏は1990年、ダウンタウンらを輩出してきたお笑い養成所「NSC(吉本総合芸能学院)」の講師に就任。以来、1万人以上の生徒を担当し、「伝説の講師」の異名をとっている。

そんな本多氏が6月上旬、NSC大阪校でおこなったのが、70組近い生徒たちがネタを披露する「ネタ見せ」の授業。各自2分の持ち時間のなかで、オリジナルの漫才、コントなどを見せていく。ネタ見せが始まると、準備でまごついている暇は一切ない。前の組がネタを披露しているあいだに、次の生徒は速やかに移動して出番を待つ。約70組が2クラスに分けられ、本多氏は約5時間、ほぼぶっ通しでネタを見て講評する。

「最初のネタ見せが一番楽しみなんです」と話す本多氏。「僕は、今では人気者になったナインティナイン、キングコング、ブラックマヨネーズなど、まだ何者でもない彼らがここへ来て、最初にネタを見せてくれた日のことを知っています。売れる前の姿を見ているというのは、講師にしかできない経験ですから」と、授業時とはまったく違う柔らかい笑顔を浮かべる。

そんな楽しい時間でありながら、なぜ笑わないのか。本多氏はその理由をこのように説明する。

「正確にいうと、『笑わない』のではなく『笑えない』んです。生徒たちからおもしろい話が出てくると、まだ悔しいんですよね。『こいつは、こんなことを考えていたのか』って。変な言い方ですけど、闘争心ですかね。生徒たちと相対して素直に『負けました』となったらこの仕事を辞めるつもりですから。でも悔しがっているうちは、まだ大丈夫やろうと」

そんな本多氏の講評で印象的だったのが、生徒たちのネタを決して否定しないところ。芸人の卵たちがやることを、ほぼすべて受け止めるのだ。ネタのなかには、昨今配慮が求められている容姿いじりや、非人道的なワードを織り交ぜたものも少なくなかった。ただ、本多氏は生徒たちに「ここではそれをダメとは言わないけど、でもテレビや劇場でやったときに引っかかる人が必ず出てくる。そうなると笑えないから。だったら、その部分だけ別のものを選択してみたら良いんじゃないかな」と提案を持ちかける。

「NGなことはちゃんと指摘しますが、それ以外は否定しません。なぜなら生徒が『本多先生が言っていることだから』となりかねないから。すべてを真に受けると、良いところまで消えてしまう可能性がある。そうさせないように、明らかにダメなことを除いては『自分がおもしろいと思うことを見つけていこう』と。

たとえば野性爆弾(野爆)のくっきー!、天竺鼠の川原は在学中『こいつはなにをやってるんや』と毎回思ってましたよ(笑)。でも話を聞いたら彼らなりの世界観があった。だから『僕がどうのこうのじゃなく、自分を追求しいや』って。よく生徒に『好きなことしいや』と話すけど、それは野爆のときから言い始めましたね」

しかし決して甘口ではない。講評でも、生徒たちに「なにを言っているのかよく聞き取れないものは、誰も評価できません。フリやボケも、タイムトライアルのようにまくし立てて言葉を消化するのではなく、ちゃんとお客さんに伝える意識を」と、はっきり指摘する場面も。

そんな今回のネタ見せのなかで、本多氏は「コンビでやっていたなかで、ひとり『ええな』と思う人がいました。これからの頑張り方で可能性が十分ある。でも、今回のネタ見せで組んだ相方さんとでは厳しいかな。あと、コンビとしておもしろそうだったのが3組いました」と有望株を発見したという。

「この勘は30数年の講師歴のなかでほとんど外れたことがないんですよ。ナインティナインを初めて見たとき、思わず『君らは売れる』と言っちゃったんですけど、本当に翌年からすごいことになった。当時、同期だった矢野・兵動の矢野くんは『このおっさん、なにを言うてるねん。こんなおもんないやつらが売れるわけないやろ』と思っていたそうです。今は『売れる』なんて、失礼なので生徒には絶対に言いませんけど」

NSCの在学期間は1年。しかし卒業後、芸人として生き残れるのはほんの一握りだという。だからこそ本多氏は「よく『あいつは一発屋だ』とからかう人がいるけど、一発屋になれるのは本当にすごいことなんです。誰もやらなかったことを半年や1年でも流行らせられるなんて、芸人としては大成功。人気が続くかどうかは別の話。そもそも、それ以前に99パーセントは芸人として出てこられないものなんだから。だからこそ、一発屋やアイドル的な人気の芸人をちゃんと認めてあげてほしい」と、芸人たちのことを思いやる。

そして本多氏は、インタビューの最後に「NSC以上におもしろい場所はどこにもないです。『人を笑わせる』という一番難しいことをしようとしている、おかしな子ばかりいますからね。だからおもしろい。この仕事はなかなか辞められませんよ」と笑顔を見せた。

取材・文/田辺ユウキ

(Lmaga.jp)

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