新海誠監督の集大成「10年間の思いを2時間の作品のなかに」
新海誠監督の新作アニメーション『すずめの戸締まり』が封切から2週間、現在大ヒット公開中だ。その間、監督は主演の2人とともに全国各地を舞台挨拶でまわり、多くの観客たちの反応を直に受け止めてきた。そんな新海監督が関西を訪れた際に直撃、現在の心境について話を訊いた。
取材・文/春岡勇二
「まだまだ不安が大きいです」(新海監督)
──11月11日の公開直後から、監督は主演の原菜乃華さん、松村北斗さんとともに各地で舞台挨拶をされてきたわけですが、観客の反応などを目の当たりにされて、今どのような思いをお持ちですか?
来てくださった方の反応は、これまでの作品よりもずっと強烈なものがあるような気がします。舞台挨拶の間、ずっと涙を流されている方もいらっしゃったりして。なにか、作品から大きなものを受け取っていただけたのだとしたらとてもうれしいです。
ただ、舞台挨拶に来てくださっている方は、熱心で初めから作品の味方でいてくれるような方が多いので、そうではないフラットな気持ちで観てくださった方の反応はまだわからない。まだまだ不安が大きいです。
──この段階で、「大阪ステーションシティシネマ」では、いくつかのスクリーンを使って1日に17回上映しているわけですから、フラットな感覚の人にも作品の良さは充分届いていると思います。
そう言っていただけるとうれしいです。少し勇気が出ました(笑)。
──ただ、不安を煽るわけじゃないですが(笑)、もしも作品になにか修正点があったとすれば、それを次の作品にどう生かすかという見方もされてますよね?
そうですね。毎回、リベンジ・マッチの気持ちでやっていますから。今回も、絵も物語も音もすべてにおいて、これまでのどの作品よりもクオリティを上げたい、という思いでずっとやってきました。
例えば音楽では、今回で3作目となるRADWIMPSと、より映画を支える劇伴を実現させるにはどうしたらいいのかを話し合い、その結果、足元をもう一度見直して、音の作り方から考えてみようとなったんです。
──そこに、もうひとりの音楽担当である、作曲家の陣内一真さんが加わった意味もあったのですね。
陣内さんに入ってもらったことは大きかったですね。陣内さんはハリウッドで活躍し、映画の音響とずっと向き合ってきた人ですから。彼にしかないノウハウもたくさんあって。劇場での音体験を彼の力を借りて持ち上げました。
──ビートルズやピンク・フロイドで有名な、ロンドンの「アビー・ロード・スタジオ」でも録音されたとか。
そうなんです。僕は映像制作中で行けなかったのですが、音楽スタッフが行ってくれて。僕の映画では初めての海外レコーディングになりました。おかげで、これまでできていなかった部分に改めて気づかされたことも多く、よりいい音になったと思います。
──映像に関してはどういった思いがあったのでしょうか?
作画監督の土屋堅一さんは、2011年の『星を追う子ども』のときに知り合って、以来10年以上一緒にお仕事をさせてもらっているんですが、その力量にはずば抜けたものがあって、今回は土屋さんのポテンシャルの総てを引き出せる映画にしたいと思いました。
そうやって、音も映像もひとつひとつのクオリティを高めて、最高のエンタメ作品を作ろうとしたことは間違いないです。あとはみなさんにどう届いているかです。
「街や場所を悼みながら旅をする人の物語」(新海監督)
──今回の『すずめの戸締まり』も、若い男女が出会い冒険の旅に出るという設定です。これまでの新海作品と共通する部分もありますが、今作では主人公の2人が日本各地をめぐって、その場所、土地を悼むという行動が描かれています。これはどういったことからの発想だったのですか?
着想は、僕のここ10年ぐらいの生活実感のなかから出てきたものなんです。東京で暮らしていても、ふと気づいたら空き家が増えているし、実家のある長野でも帰省するたびに、人口が減って、その分、緑と動物が増えている。
かつて人の手が加わり畑になっていたエリアが縮小されて、その逆に、動物の侵入防止の柵はどんどん人間側に迫ってきている。人間の生活エリアそのものが小さくなっているんだなという実感があったんです。
──なるほど。
そこで思ったのは、そういうとき人間は、ものを言わずに消えていくのかな、ということ。家を建てるときや街を作るときには「地鎮祭」という儀式があるなら、その反対に、土地や街から人がいなくなったりするときには、最後にその土地に対してなにか挨拶なり儀式なり、あるいは思いや気持ちの整理をすることが必要なんじゃないか、と。
そうやって人知れず、僕らに代わって人が消えた土地を鎮めたり慰めたりしてくれる存在がいたら、それは映画になるんじゃないかって思ったんです。それが、街や場所を悼みながら旅をする人の物語、という構想に繋がりました。
──ここ10年というのは、近いところではコロナ禍にも見舞われた時期ということになりますね。
災害というのは、実は人がいなければ生まれないんですよね。人がいなければ大地が揺れているだけだし、ウイルスが発生しているだけ。災害はある種、自然と人との共同作業とも言える。そこで、その共同作業の間、人と災害の間に立つような役目を担う存在がいたら、と。
──たしかにそうですね。
場所を悼む存在を通して、例えば自然の猛威などもそうですが、個人の力ではどうしようもないことが起こったとき、どうやって前に進めばいいのか考えることができるのではないか。それをアニメーションで描けないか、というのが今回のテーマでした。
「できることはすべて懸命にやりました」(新海監督)
──今回の主人公おふたりの日本各地をめぐる旅、これを描くのは大変だったのではないですか?
正直言って、もう二度としたくないと思うほど大変でした(苦笑)。劇中の旅はあまり長い期間の話ではありませんが、それでも日本を縦断するとなると、行く先々で舞台の変化があり、その都度、設定を考えなければいけません。
また、今作は夏の終わりから秋の初めにかけての設定なので、季節が変わり、緑だった田畑が旅の終盤では黄金色になったりと、時間や気候の変化もあります。ほかにも、もうひとつ大変だったのが、日本には各地に方言というものがある、ということでした(笑)。
自分の出身地ではない方言を演じないといけないキャストも多く、日本を縦断する物語ならではの大変さがそこにはありました。それでも、キャストの方々は素晴らしい演技をしてくれました。たとえば、叔母・環を演じてくれた深津絵里さん。
──鈴芽が幼いころから一緒に暮らしている叔母の岩戸環役ですね。
深津さんの役は、出身地と今住んでいる地域が違うという役で、当然最初は今住んでいる地方の言葉を話すんですが、鈴芽たちを追う旅がたまたま出身地に向かって行って、そうなるとだんだん故郷の言葉と入り交ざるようになり、状況によってどちらか一方のニュアンスが強くなるのでは? とこだわってくださって。気づかされたこともたくさんありました。深津さんに演じていただいてよかったです。
──主演の原菜乃華さん、松村北斗さんはオーディションで選ばれたわけですが、その決め手となったのはどういったところだったのでしょう?
実はおふたりの声に、同じような特性があったんです。それは声質とか口調にどこかコミカルなものを感じさせる要素があって、聴いていると自然になぜか可笑しくなってきたり、明るい気分になれたりする。声のお芝居の上手い人はたくさんいますが、この特性は生まれ持った才能で、とても貴重だと思います。
今回の作品は、下手をすると暗い印象をもたれかねないのですが、おふたりのおかげでずっと楽しい感じに引き上げてもらっています。菜乃華さんの声は感情が鮮やかさで、「あ、これが鈴芽なんだ」と思わせてくれるし、北斗くんの声は、いわゆるイケメン声なのですがコミカルな要素とともに、ちょっとだけ暗いものを感じさせるところもあって、まさに草太というキャラにぴったりでした。そしてそんな菜乃華さんと北斗くんの掛け合いが絶妙で、2人に出会えてよかったと本当に思っています。
──結果的に、音も映像もキャスティングも最高のものが仕上がったということですね。
制作中はずっと高い山に登っている気持ちで息苦しかったですけど、できることはすべて懸命にやりました。ここ10年間の思いを約2時間の作品のなかにギュッと集約させて描いたという意味で、僕の集大成ではあると思っています。あとは多くの人に届いて欲しいと願うばかりです。
(Lmaga.jp)