元巨人“クレイジー・ライト”が大谷に助言「自分らしくあれ」エ軍特別コーチ

巨人時代の思い出話を披露したクライド・ライト氏(撮影・小林信行)
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 「エンゼルス春季キャンプ」(3日、テンピ)

 1ダースのゴルフボールを手土産にクラブハウスにやってきた。

 「絶対に曲がらないボール。ゴルフをするって聞いてましたから。私も日本ではよくやりましたよ」。

 70年代後半に巨人で活躍し、「クレイジー・ライト」の愛称で親しまれたクライド・ライト氏(77)がエンゼルスの特別コーチとしてキャンプ地にやってきた。大谷翔平投手(23)とはクラブハウスであいさつし、ゴルフボールをプレゼント。「頑張ってほしい」とエースを送った。

 実はエンゼルスのレジェンドだ。66年にメジャーデビューし、3年目に初の2桁勝利をマーク。70年には球団史上2人目、左腕では初となるノーヒットノーランを達成するなどシーズン22勝を挙げ、球宴にも選出された。22勝はノーラン・ライアン氏と並ぶ球団歴代最多。7試合連続登板の球団記録も持っている。通算勝利数、同防御率、同完投数でも球団のベスト10に入っている。

 巨人と契約したのは76年。球団史上初のメジャーリーガーとして鳴り物入りで来日した。長嶋監督の指揮下、1年目に8勝を挙げてリーグ制覇に貢献。「ニウラ、コバヤシ、カトウ、ホリウチの写真は今も持っています。亡くなってしまった人がいるのはとても残念ですが、当時は本当に楽しかった。夜の六本木に繰り出し、飲みすぎたこともありましたね」と笑う。

 2年目の77年には11勝をマークし、チームは2年連続リーグ制覇。王貞治氏が通算756本塁打を記録し、メジャー最多(当時)のハンク・アーロン氏を超えた歴史的瞬間にも立ち会った。「その時の写真は王サンがサインを入れて私にくれました。ホームランと言えば、私が阪急との日本シリーズで打った時の写真も持っています」。遠征を拒否したことや長嶋監督から投手交代を告げられ、マウンド上で激怒したことなど、「クレイジー・ライト」と呼ばれるようになった数々のエピソードも披露してくれた。

 米国から海を渡って日本でプレーしたライト氏と、二刀流実現させるために日本から米国へやってきた大谷。長嶋氏と同じ2月20日に生まれ、77歳になったばかりの同氏は「若いし、ハンサムだし、うらやましいね」とジョークを飛ばした後、「自分らしくあれ。これからも今までと同じ大谷サンでいること。そうすればみんなが手を差し伸べてくれる」とアドバイスを送った。

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