イチローの取材は「地獄でした」 求められていたのはプロフェッショナル
マリナーズのイチロー外野手(45)が21日、現役引退を発表した。同日行われた東京ドームでの、アスレチックスとの開幕第2戦でも前日に続き「9番・右翼」で先発したイチロー。日米両球界で記録と記憶に残る活躍を演じた大選手のラストプレー。一つの歴史が終わった。
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「地獄でした」
かつてイチローにそう言ったことがある。メジャー1年目の01年。初めて野球を担当する記者に27歳の青年は容赦なかった。「次どうぞ」、「それ、答えなきゃいけないかな」。記者の質問をことごとくはねつける。無言でスルーされる。そこまで厳しくされる理由が分からなかった。
年間262安打のメジャー記録を樹立した04年のオフ。初めて単独インタビューに応じてくれた。イチローが求めていたのは「プロフェッショナル」だったことを知る。
イチローがマリナーズでの1年目を終えた後だったと記憶している。親しい知人に贈った言葉がある。
「人は必ず障害に出会う。誰もが負けそうになる。そこで頑張れる人間になりたい。前向きな姿勢で夢を持って歩いていきたい」
毛筆でつづられた美しい字体。それを目にした時、『イチロー』が凝縮されていると思った。
イチローから教わったのは「野球」だけではない。生き方、思いやり、人としての振る舞い、物事への取り組み方、…。稀代の選手を追いかけた19年の歳月は大きな財産であり、宝物だ。イチローには感謝の言葉しかない。(デイリースポーツ・MLB担当・小林信行)