外国人選手は契約社会で育っている

 アメリカのビジネス社会は「契約」で成り立ち、それは「契約書」に基づいて履行される。プロ野球ももちろん、例外ではない。

 外国人選手と契約する際、忘れてはならないのが彼らは契約社会で育った人間だということだ。

 私が渉外担当として、現役バリバリだった頃の話をしたい。

 日本の選手なら、どちらともとれるような場合、「まあこれまでの習慣だから」とか、「これが社会常識だろう」と実に曖昧な納得の仕方をするケースが多かった。

 最近は変わってきたが、それでも契約という行為に対する意識は当時、アメリカ人のそれとはまだ大きな隔たりがあると感じた。

 いくつかの例を挙げる。

 調子が悪い。それも極端に崩れているといった時は、日本の場合はファームで練習させることがある。

 内心では腹を立てていても黙って2軍落ちしていく選手もいるが、「オレはメジャー(日本の1軍)でプレーをしに来た。マイナーに行くことは契約していない」と反発する選手も少なくない。

 そこで、「ケガや極端な崩れ方をした場合は、調整またはリハビリのためにファームに行かせることがある」という一項を入れておく必要がある。

 「そんなことは監督の決めること。契約書に入れる必要はあるまい」と、それで解決できることが多いのだ。

 また、「監督の指示には不満を言い立てないこと」という条項も入れておく。

 「麻薬、自殺などのトラブルが本人の責任において発生した時は、即刻、契約は解除する」ということも必要だ。

 細かいことだが、「日本では税金はこういう仕組みでこれだけ引かれる」ということも教えておくのが望ましい。

 「これだけ引かれているのはなぜだ。どうなっている」とクレームがついて、説明していると手間がかかって仕方がない。配慮しておく方が無難だ。

 それから、「いったんこの契約に同意した以上は、この契約内容については再交渉しない」ということも忘れてはならない。

 はじめはOKしても、他チームの外国人選手に話を聞かされ、「A球団ではこうやっているのに、なぜ、ここではそうしない」と文句を言ってくることがある。

 そのために契約を交わしているのであって、そうしてほしければ、はじめに交渉した時点で申し出ておくべきである。球団によっては彼らの扱い方について、必ずしも同じというわけではない。そのたびに、「それでは」と契約を書き改めるようなことをしていては仕事にならない。

 保険については前回も記したが、実際、なにが起こるかわからない。

 私はメジャーで起こった事故のニュースを知るたびに、日本でもいつどんな形で予期せぬ事故が起きるかわからないと考え、80年(昭和55年)から外国人選手に対しても生命、傷害の保険に加入すべきだと、球団と相談して手続きを取った。

 最後に代理人の問題だ。私はこの代理人が登場するようになって、アメリカの球団がどれだけ経営を圧迫されたか見てきた。

 そこでかなりの長い間、代理人を立てた契約はわが球団はやらない方針であると突っぱねてきた。

 しかし、時勢に逆らうわけにはいかなくなり、ほとんど代理人と交渉した。

 ただ、無条件でどんな代理人でも交渉に応じるわけではなかった。代理人といっても、千差万別である。

 いい代理人に当たれば、こちらが苦労して細かなデータを集める苦労がはぶけるし、交渉もスムーズにいく。

 しかし、そんな代理人ばかりではない。自分の手数料を稼ぐために法外な金額をふっかけてくるものがいた。

 そればかりか、渡した前金を持ちながら、行方がわからなくなった代理人もいた。

 「これは危ないな」と直感した場合は、「あの代理人とは交渉しない。第一、キミのためにも良くない」と選手に別の代理人を立てるように求めることにしていた。

 理由をキチンと説明すれば、たいていの選手は納得してくれるものだ。

 彼らもそのへんの事情はよく知っているからだ。交渉の舞台は、なによりも安全でなければならないのだ。

 さて、私の今コラム、「WEB版 MLBボールパーク」は今回が最終回です。ちょっと、お休みをいただきます。長い間のご愛読、ありがとうございました。また、お目にかかれる日を楽しみにしています。

(デイリースポーツMLB解説委員・牛込惟浩)

       ◇     ◇

 牛込惟浩(うしごめ・ただひろ)1936年5月26日生まれ、79歳。東京都出身。早稲田大学を経て64年、大洋ホエールズに入団。渉外担当としてボイヤー、シピン、ポンセ、ローズなど日本球界で大活躍した助っ人たちを次々と獲得し、その確かな眼力でメジャー球界から「タッド」の愛称で親しまれた。2000年に横浜ベイスターズを退団。現在はデイリースポーツMLB解説委員。

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