【野球】元猛虎・公認会計士の新たな夢
懐かしい名前を見つけた。12、13日に都内で行われたプロ野球経験者を対象とした学生野球資格回復研修会。出席者の中に、記者になってすぐのころに取材した、当時の若手投手がいた。近況を知って驚いた。現在の職業は公認会計士だという。その人物は、奥村武博さん。極めて異例の転身を遂げた元猛虎戦士は「どなたに聞いても(元プロ野球選手の公認会計士は)初めてと言われますね」と、はにかんだ。
岐阜・土岐商から1997年度のドラフト6位で阪神に入団。188センチの長身から投げ下ろすボールと正確な制球力が売りの右腕で、00年春は1軍キャンプにも帯同し、『小山2世』と期待をかけられたこともある。1軍での登板はなく、4年間のプレーで現役引退。02年は打撃投手となり、同年限りで阪神を退団した。
公認会計士試験への挑戦を決意したのは04年秋。第2の人生を思い悩み、さまざまな資格について調べていた時、土岐商在学中に簿記2級の資格を取得していたことを思い出した。「簿記をかじったことがあったので、他の知らないことをやるよりは入りやすいのでは思いました」と振り返る。
公認会計士試験は、司法試験と並ぶ超難関の国家資格。合格率は毎年10%前後しかない。会社員として働きながら合格を目指した奥村さんの場合、勉強時間は平日でも5時間、休日は14時間に及んだ。出社前やランチタイムにも机に向かう猛勉強の日々を何年も続け、13年に晴れて合格。昨年からは都内の監査法人で、専門知識を生かして活躍している。
全く違う世界でのキャリアをスタートさせた奥村さん。野球から学んだことは多いという。「礼儀であったり、人間関係であったり。厳しい練習を続けて結果につなげるということも、受験勉強でも役立ちました」。最高峰のステージに身を置いた日々は「一つのことを、ある程度でもやれた経験がある」と、支えになっている。会計士としては「まだまだ2年目です」という駆け出しの身。だが、将来的には球界への恩返しにもつながる大きな目標を持っていた。
「スポーツ選手のセカンドキャリアのサポートに取り組みたいんです。現役を“おなかいっぱい”になって辞めるまで、安心してプレーできる環境をつくるのが理想です」
自身も阪神退団後、再就職までの厳しい現実に直面した。プロ野球の華やかさも厳しさも体験した上で、今は経営のスペシャリストになった奥村さんにしかない引き出しがあるはずだ。「知識を生かせれば。選手が経済面で安心できるような、手助けができればうれしい」。現在は独立リーグのチームも増えた。例えば、リーグや球団に成長をもたらす新しい経営モデルが生まれるかもしれない。
学生野球資格回復の研修会に参加したのも「制度がどういうものか、身を持って知りたい」という向学心から。今年6月に母校に招かれて講演した際、後輩の野球部員を遠くから見ることしかできなかったのがキッカケだった。
資格を回復すれば、高校生や大学生への指導も可能になる。「機会があれば指導したい。学生時代に勉強にもちょっと力を入れて取り組めば(セカンドキャリアの)選択肢を増やすことにつながるよ、ということも伝えられれば」と目を輝かせた奥村さん。新たな道を拓いたパイオニアとして、球界にも多くのものをもたらしてくれることを期待したい。(デイリースポーツ・藤田昌央)