体操 アテネ五輪金 塚原直也引退
2004年アテネ五輪体操男子で28年ぶりの団体総合制覇に貢献し、日本初の親子金メダリストに輝いた塚原直也(38)=朝日生命=が16日、都内で引退会見を行った。今後は父光男さんの後を継ぎ、朝日生命体操クラブの総監督に就任し、後進の育成にあたる。
スーツ姿で会見に臨んだ塚原は「10歳から体操を始めて、体操を極めたい、体操について知らないことはないという指導者になりたいと思い現役を続けてきた。これからも果てしなき挑戦は続く。天下無双を目指して、これからも精進していきたいと思います」と、晴れやかな表情で語った。
13年に豪州の国籍を取得し、同国代表としてリオ五輪出場を目指していたが、2月の国内選考会で敗れ、切符を逃した。日本に帰国し、父光男さんと話した際に、総監督就任を要請されたそうで「自分というより父が決めてしまっていた」と笑いながら「大きな決断なので、自分では決められなかったと思う。父が助け船を出してくれて、ふんぎりがついた」と、決断に至った経緯を説明した。
選手生活の一番の思いではやはりあの戴冠劇。「やっぱりアテネが1番印象深いですね。それが1番で、他が思い出せないぐらい。金メダルを目標に体操を始めたし、達成感があった」と、振り返った。
五輪3大会連続の金メダリストで、月面宙返りなどの技も編み出した父光男さんと、比較され続けてきたが「小さい頃から全日本で優勝した時も、NHK杯で優勝した時もいつも父と比べて勝った負けたと感じながら、現役を続けてきた。永遠のライバルというのは今でも変わらない。父は革命的な技を作ったし、僕も負けじと新技を作ったり、何かと競い合ってやってきた部分が大きい。でも、この勝負はまだ終わってない。指導者として、父を超えられるように頑張りたい」と、指導者としても“父超え”を目標に掲げた。
体操ニッポン低迷期を支えてきたエース。その体操への情熱は冨田洋之、内村航平へと受け継がれてきた。「僕が現役の頃は低迷していた頃、それを盛り返して、僕の次が冨田くん、冨田くんから内村くんへバトンをつなげてきた。体操界に貢献できたと自負できる」。胸を張って、選手生活に別れを告げた。