野口みずき、引退を決断したのは…
04年アテネ五輪女子マラソン金メダリストで日本記録保持者の野口みずき(37)シスメックス=が15日、神戸市内で会見し、現役引退を表明した。
「私、野口みずきは本日をもちまして、現役を引退します。理由はトップレベルの走りができなくなったこと。トレーニングもリオ五輪を目指してやってきたけど、2年前から心と体のバランスが悪くなって、自分ではアテネ五輪、ベルリン・マラソンのような走りをしたいと取り組んできたけど、08年北京五輪で故障してしまったこと、一度は治ったけど、そこからいろんなバランスが悪くなった。今までのような走りじゃなくなったのが、引退に至った理由です」と冒頭で引退理由を明かした。
晩年は故障続きながら、多くのサポートで競技を続けられた。「たくさんの方々にサポートをしていただいて、本当に幸せな陸上人生でした。生まれてから今まで感謝の気持ちでいっぱい。そしてワコール入社時に『足が壊れるまで走りたい』を目標にしていたけど、その言葉通り、思う存分、走り切れて、すがすがしい気持ち。自分の思いを達成できた。名古屋で23位という結果で夢は断たれたけど、本当に最高のレースができたと思っています。本当に皆さん、長い間、応援していただいてありがとうございます」。涙を浮かべ、感謝した。
野口は最後の五輪挑戦に位置づけた3月の名古屋ウィメンズで23位に終わり、リオデジャネイロ五輪代表入りを逃した。進退に関し「悔いは残っていない。最後の10キロは花道のような感じがして、最高の42・195キロだった」と完全燃焼していた。
フルマラソン10度で5度の優勝。マラソン日本女子の黄金期を築いた不世出のスピードランナーだった。03年世界選手権パリ大会で銀メダルを獲得。アテネ五輪ではシドニー五輪の高橋尚子さんに続く日本勢連覇を果たした。05年のベルリン・マラソンで樹立した2時間19分12秒の日本記録は、いまだ破られていない。
08年北京五輪で2連覇を狙ったが、左太もも付け根の肉離れで欠場。13年世界選手権モスクワ大会も熱中症で途中棄権した。故障と戦いながら、37歳まで走り続け、悔いなくシューズを脱いだ。