マツコが示した「既存」脱却の面白さ
週9本のレギュラーを抱えるマツコ・デラックス(42)の新番組、テレビ朝日系「夜の巷を徘徊する」(木曜、深夜0・15)が絶好調だ。4月期にスタートし、深夜帯にもかかわらず6月4日放送回では番組最高の平均視聴率8・2%を記録。放送開始から同時間帯トップのシェア率を維持している。人気の理由を小田隆一郎プロデューサーに取材すると、見えてきたのは、番組を貫く「既存のバラエティーからの脱却」というマツコイズムだった。
企画の狙いは、マツコの「自分の番組のどれにも似ていないもの」という強い意志、つまり“誰も知らないマツコ”だ。番組内容は、何も決めず、マツコが思うがままに夜の街を歩くだけ。一見すると、よくある街ブラ番組のパッケージだが、そこにはマツコ流の哲学が詰まっている。
小田氏は「あの方が動いているだけで意外性がある」と笑うが、勝算は十分あった。「芸能人を相手にした毒舌家のイメージがあるけれど、一般の人には『ババア!!』なんて毒づきながら愛される。毒蝮三太夫さん風に気を遣う方なんです」と魅力を分析する。
意外な“歩くマツコ”でありながら、本来持ち合わせる“気遣うマツコ”が前面ににじむ。飛び込みで居酒屋やバーに入っても、最初は難色を示していたお客さんが、最後には「モザイク入れなくても大丈夫です」と和らいでいることも多いという。
小田氏は「僕らはマツコチルドレンです」と頭をかく。ロケ後の“反省会”では、マツコに怒られることが多いという。中でも印象的だったのは「お前らは既存のバラエティーに毒されてる」との言葉。
「例えば、マツコさんのオーダーで、とにかくロケの際は必要最小限まで人数を減らしています。マツコさんの周りには、カメラマンとカメアシ(カメラアシスタント)、音声さん、警備と僕くらい。他のスタッフは離れたところにいる。マツコさんが『街にお邪魔させていただいてるんだから、迷惑をかけてはいけない』と」
人気者ゆえに写メを撮られまくっても「いいのよ。お邪魔させてもらってるんだから」と基本的には自由。マツコに「勝手に街に来ておいて『写真を撮るな』なんておかしいでしょ?」と言われ、小田氏自身、考えを改めさせられた部分があるという。
どんなに売れっ子になっても自分を客観視できる、マツコの冷静な目が番組全体に行き届いている。ナレーションや音楽はなく、テロップも最小限。演出過剰を揶揄されるバラエティー界では異色とも言えるが、小野氏は「それもマツコさんが『情報なんて入れなくていいのよ』と。普通の街ブラものなら、店の情報を入れるけど、それはしない。テレビマンの性(さが)を否定しているんですね」と明かす。「既存のものとは違うように作っているから、空をつかむような感じで、手応えというものはないんです」。
どんなお店でも「情報」ではなく、居合わせたお客さんとの「交流」を大事にするからこそ、視聴者からは意外な反応も届いた。居酒屋でのトークを見た視聴者から「マツコさんと飲んでいる気になる」「お酒を飲みたくなる」との感想が寄せられているという。深夜で人気を博した「深夜食堂」「孤独のグルメ」などの“メシものドラマ”と似たような反響だ。
「マツコの狙い」と「時代の空気感」、そして「放送時間帯の妙」が三位一体となって数字に表れているのだろう。
12日深夜の最新回では千葉の製鉄所を訪れ、ただの街ブラものとは違った、いわば「タモリ倶楽部」的な側面も見え始めている。「決まりはないので、今後もマツコさんの気になる場所に積極的に行きます」と小田氏。次は、どんなマツコを見せてくれるのだろう。(デイリースポーツ・古宮正崇)