強盗で服役の健文トーレスが復帰戦勝利
「ボクシング・バンタム級6回戦」(10日、エルシアター)
09年にタクシー強盗で逮捕された元WBC世界バンタム級8位・健文トーレス(28)=大鵬=が9年ぶりに復帰し、1回1分31秒TKO勝利で更生の一歩を踏み出した。
ガオセーン・ガオラーンレックジム(タイ)を相手に顔、ボディーで2度のダウンを奪うと、最後は左ボディーでもん絶させ、リングに転がした。
「ただいま、ありがとう」と勝利者インタビューでは喜びはなし。「今まで上がった中で、一番プレッシャーを感じた。またリングに上がれたことに、周りの人々に感謝しかない。自分の立場上、いろんな目がある。それでも自分は結果を残すしかない。戻れてうれしかった」と、複雑な心境を語った。
メキシコの元WBC世界ライトフライ級王者ヘルマン・トーレスを父に持つ。4歳から父にボクシングの英才教育を施されたエリートだった。家族ぐるみで付き合いのあった大鵬健文会長が誘い、幼少期に一家で日本に移住。「健文」の名前も会長から譲り受けたものだった。
実業団などで実績を残し、日本でプロデビューし、連戦連勝。中南米特有の体のバネに、父譲りのセンスで「将来の世界王者」と嘱望された。
だが素行不良で次第に道を外していった。19歳時、日本タイトルに挑み敗戦。その直前には指導を受ける父と衝突し、父はメキシコへと帰国した。
09年4月、2年ぶり再起戦をドタキャンし、大鵬ジムから破門。そしてタクシー強盗が発覚。裁判では余罪も含め懲役6年半の判決が下された。
「もうボクシングに戻るつもりはなかったし、戻れないと思った」。刑務所では、ひたすら後悔にさいなまれた。大鵬会長に手紙を何枚も書き、謝罪を繰り返した。昨年12月15日に刑期を終え出所。真っ先に向かったのは大鵬ジムだった。出所のあいさつだけのつもりが、自然とサンドバッグをたたいていた。
「自分でやってきたことを自分では受け入れて、自分はもう普通の道には戻れない、と思っていた。でもほんまにボクシングが好きと、そのことだけは刑務所でもぶれなかった。犯罪者になったけど、自分に正直になろうと。何とかもう1回ボクシングがやりたい。失って初めて気付いた」。いばらの道を覚悟し、リングへの復帰を願った。
大鵬会長は「更正させるにはボクシングしかない。健文を生まれたての頃から知っているんだ」と、必死の思いでライセンスの再発行にこぎつけ、みそぎの舞台を用意した。
健文ももう、悪い付き合いからは足を洗った。「自分自身が試合することで迷惑をかけた人に思いを伝えたい。自分はメンタルが弱かった。こんな言い方したらダメだけど、刑務所に入って良かったと思う。あの頃はテングになっていた。人間としても成長したい」と、神妙に話した。
メキシコの父とは10年近く会っていない。「父はボクサーだから。罪を犯したのはもちろんだけど、プロボクサーという職業で罪を犯したことが許せない、と。絶対にボクシングには戻させないと言っていた」。怒りは半端ではなかったが、今回の復帰も父と相談を重ねたものだ。
「父が左アッパー打てって。そうしたら、本当にそれが決まった」。いつかメキシコを訪れ、父に直接、謝罪をすることが目標だ。
6年半の刑務所暮らしでは毎日20~30分、筋トレを欠かさず、試合のイメージもしていた。「頑張って1年以内に日本タイトルをクリアして、世界チャンピオンになりたい。これまでたくさん迷惑をかけた。ボクサー人生を一生懸命頑張りたい」。大きく遠回りして、戻ったリングで健文は頭を下げた。