永山竜樹が銅メダル 「正直きつかった」不可解判定敗戦乗り越え同階級日本勢4大会連続メダル繫ぐ 親、妻の応援に「手ぶらで帰るわけにはいかないと」

 「パリ五輪・柔道男子60キロ級・3位決定戦」(27日、シャンドマルス・アリーナ)

 準々決勝で敗れた永山竜樹(28)=SBC湘南美容クリニック=は、3位決定戦でイルディス(トルコ)に合わせ技一本勝ちで銅メダルを獲得した。開始45秒で大腰で技ありを奪うと、残り52秒で横車で再び技ありを奪い、メダルをもぎとった。同階級では日本勢4大会連続メダルとした。

 永山は「負けてから切り替えるのが大変だったんですけど、せっかく親とか妻とか、たくさんの方々が応援にきてくれた。手ぶらで帰るわけにはいかないと思って、とりにいった。目標は金メダルだったので、正直きつかったけど、最低でも銅メダルと思って気力だけで戦いました」と、言葉を振り絞った。

 初戦の2回戦を苦戦しながらも勝利した永山は、準々決勝で23年世界王者のガルリゴス(スペイン)に片手絞めで一本負け。最初の4分間の中盤に、絞め技を食らい、主審の「待て」の後も、相手が数秒ほど絞め技を継続。その後、畳に倒れ込んだところ、失神していたと判断された。敗戦が言い渡されると、呆然。しかし、納得のいかない永山は握手を拒否。その後も不満を露わにし、映像確認を求めて、畳からなかなか下りなかった。会場からはブーイングのように指笛が吹かれ、早く畳みを下りるように促された。約5分経ち、礼をして畳を下りた永山は関係者と「待てって聞こえていた」と話していた。準々決勝終了後、日本の鈴木桂治監督、古根川実コーチ、金野潤強化委員長が大会本部に抗議していたが、覆らなかった。

 敗者復活戦で楊勇緯(台湾)を優勢勝ちで下し、3位決定戦に進んだ。

 全柔連の金野強化委員長は「我々としてはジャッジには納得できないとして、正式の文書を出して、予選終了してから、協議した。納得できないと伝えたが、覆ることはないといわれた」と説明。「『待て』がかかってから6秒絞め続けている。柔道の精神として受け入れられない」と、遺憾の意を表した。「審判が一番近くでみていて、絞めが決まって落ちたと判断した」と説明を受けたという。金野強化委員長は「永山は『待て』を聞いている。ロジック的にはかなりおかしいが、平行線だった」と、首を振った。

 ◆永山竜樹(ながやま・りゅうじゅ)1996年4月15日、北海道美唄市出身。4歳の時に柔道を始める。愛知・大成中へ進み、全日本カデ、世界カデで優勝。大成高では全日本ジュニア、高校選手権などを制した。東海大に進学し、1年時に世界ジュニアで優勝。4年時に18年世界選手権で銅メダルを獲得した。了徳寺学園職員となり、19年世界選手権でも銅メダル。世界ランキング1位にもなったが、ライバルの高藤直寿との争いに敗れ、東京五輪代表入りは逃した。23年からはSBC湘南美容クリニック所属に。国際大会で着実に実績を残し、パリ五輪切符を掴んだ。右組みで得意技は背負い投げ、袖釣り込み腰。156センチ。

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