阿部一二三が金 精神的にも技術的にも大きく進化した丸山城志郎との24分間死闘
「東京五輪・柔道男子66キロ級・決勝」(25日、日本武道館)
阿部一二三(23)=パーク24=が、バジャ・マルグベラシビリ(ジョージア)に優勢勝ちで初制覇。
一二三を精神的にも技術的にも進化させたのが、昨年12月13日に行われた丸山城志郎(ミキハウス)との一騎打ちによる五輪代表決定戦だった。見ている者に息をつかせることも許さない一進一退の攻防の連続で、通常の試合時間4分を大きく上回り、24分間に及んだ。最後は阿部一が一瞬の隙をつく大内刈りで技ありを奪い、決着をつけた。
「負けたら死にますよ」-。決戦前、神港学園高の恩師である信川厚さん(56)には決死の覚悟を伝えた。「これは勝つやろなと感じました」(信川さん)。教え子のこれまで見たことのないような気迫に確信した。
試合前の時点で過去3勝4敗。一時は3連敗も喫し、五輪代表争いで後じんを拝したが、ピンチでこそ力を発揮する精神構造を持っていた。「気持ちで絶対に負けないと。普通だったらそこで落ちたりしてしまうかもしれないが、絶対に諦めない、前を向くだけだと思ってやってきた」。コロナ禍で十分な練習ができない中でも、毎日丸山の顔を浮かべて歯を食いしばった。
武器である担ぎ技一辺倒ではなく、足技の名手である同僚の高藤直寿(パーク24)にもアドバイスを請い、組み手や戦術も磨いた。最後に決めた大内刈りもその成果。国際大会でも担ぎ技が警戒されるが、丸山戦を経て足技で打開できるようになった。付け人の片倉弘貴さんは「今までは担ぎ技だけだったが、練習してきた技が試合に出てきている。いい期間だった」とうなずく。
ライバルとの死闘を経て、柔道家として大きくスケールアップした。「丸山選手がいたからここまで強くなれた」(一二三)。会場で見守った詩も、手を合わせて震えながら勇姿を見届けた。「自分たちは本当にすごい勝負の世界で戦っているんだなと思った」(詩)。兄が見せた名勝負は、一二三自身はもちろん、2人をさらに強くした。