平野美宇を見守り続けた母 五輪は「幸せな時間」 娘の「感謝」に成長を実感
「東京五輪・卓球女子団体・決勝、日本0-3中国」(5日、東京体育館)
日本は厚い中国の壁を破れず、銀メダルで大会を終えた。団体のメダル獲得は3大会連続。大会を終え、団体メンバーの一人として活躍した平野美宇の母、真理子さんがオンライン形式での取材に応じた。リオ五輪で控えにまわってからの5年間を「頂点あり、どん底あり」と表現し、ここまでたどり着いた娘の奮闘をたたえた。
五輪を終えての感想を、真理子さんは「今一番思うのは幸せな時間が終わってしまったというか(笑)。金メダルを目標にしていたのでそこに届かなかったことは残念ではあるんですけど、金メダルがとれなかった悔しさ以上に、娘が夢の舞台に立てていることがものすごく幸せ。それが今終わってしまったのがとてもさみしいです」と表現した。
リオ五輪ではリザーブの立場で帯同した。団体メンバーに入って臨んだ東京五輪までの5年間を「やー、すごい長かったですね。時間的なことと言うよりは、中身が山あり谷ありを超えて頂点あり、どん底あり(笑)」と振り返った。
幼いころから取り組んできた卓球を「やめたいとか言ったことない子」だった。17年4月にアジア女王に輝くと、世界選手権でも銅メダルを獲得。大ブレークを果たした後に、結果が伴わなくなり、コーチが中国に帰国するなどして、出口が見えなくなった。ラケットを握ることもできない日もあった。
真理子さんは卓球を離れることも提案したが、その後、平野は東京五輪での金メダルを目指し、奮起することを決意。アカデミーを1年前倒しで卒業し、プロとして活動していくことにした。
「特にこの5年は美宇を強くした5年間だったんじゃないかな。技術的なことはもちろんだけど、メンタルの部分とか、人間としての強さを成長させてくれた期間だったかなと。オリンピックの試合を見ていて、とてもいい経験があったなって思いました」
真理子さんはしみじみと、5年間を振り返る。離れて暮らしているため、「基本的に1週間に1回家族でリモート通話をして。ネットを使って顔を合わせて色んな話をするようにしている。顔を合わせるだけですごくリフレッシュにもなるし、本当に美宇が困った時は美宇から電話してくるので。夜中でも電話で相談にのったりとか」とサポートした。
成長した点は「どれだけ色んな方に自分が支えられているか」を、平野自身が実感したことだという。エリートアカデミーを離れたことで、自分でさまざまな準備をしなければならない。「だからインタビューでもなんでもすごく感謝という言葉が美宇の口から出ていた」という真理子さんは、「辛い時に負けそうになったり、めげそうになっても、他の人のためだと頑張れるとか。そういうのって人間あるじゃないですか。美宇も感謝の心を持てるようになったので踏ん張れるようになったんじゃないかなと思います」と語った。
愛娘へのご褒美は。そう問われると、「美宇が私がやりたいご褒美を喜んでくれるかはわからないですけど」と切り出し、「私の手料理を家族みんなで囲みたいなって。なかなか会えないし実現できるかわからないですけど。『ほうとう』とか『鳥もつ煮』とか」と山梨の郷土料理を挙げた。「ご褒美じゃなくて私がただただやりたいことかもしれないけど(笑)。いつかそういうことしてあげたいですね。できたら美宇のリクエストされたものを作ってあげたいなと思います」と、今の思いを語った。