阪神はなぜ“特別”な球団なのか
7対2。巨人と阪神を比較した、ある数字だ。ピンとくるファンもいるかもしれない。この“スコア”は今季開幕戦で、両軍のスタメンに名を連ねた「生え抜き」選手の数。村田、ロペス以外、すべて生え抜きでそろえた巨人に対し、阪神は鳥谷、大和を除く7枠を移籍組と外国人が占めた。
阪神は生え抜きの野手が育たない‐。もう何年も前から指摘されていることだ。西岡、福留、新井兄弟、マートン、藤井彰…。シーズン序盤から台頭した今成や坂、2番手捕手の日高ら、1軍ベンチに顔を並べたのは補強組ら、いわゆる外からの血。サブメンバーにも、ズラリと生え抜きをそろえた巨人とは対照的だった。
なぜ、育たないのか。スカウティングや育成システム、補強のスタンス…いろんなことがささやかれているが、その要因を探れば、ひとつのキーワードが浮き彫りになってくる。今季限りで現役を引退、ヤクルトのユニホームを脱いだ藤本敦士氏は、阪神在籍時を振り返りながら、こんなふうに指摘する。
「僕のような選手でさえ、今思えば、天狗(てんぐ)になっていた。阪神では、実績のない選手でも、ちょっと決勝打を打てば新聞の1面を飾り、ばんばんメディアに露出する。若手が育っていないと言われるけど、僕らのときもよく言われていた。チヤホヤされて、若手が勘違いする環境が、昔と変わらずあるのかもしれない」
同氏は09年オフにFAで阪神からヤクルトに移籍。外から古巣を眺めることで、阪神が他球団にはない特殊な環境であることが「よく分かった」と話す。では、藤本氏の言う「勘違いする環境」とは、どのようなものか。
在阪スポーツ各紙は連日のように阪神が1面。在阪テレビ各局もスポーツニュースだけでなく、情報番組やバラエティー番組でも阪神を取り上げる。さらに2軍情報を求めるファンも多く、キャンプなどでは実績のない選手が大きく報道されることもある。
「勘違いしないようにしたい。阪神は人気球団なので、すぐチヤホヤされる」。「タイガースにいるので(ファンやマスコミから)チヤホヤされて勘違いすることがある」。このコメントはいずれも、今オフ阪神の新選手会長に就任した上本博紀選手のもの。広陵‐早大と、名門で主将を務めた経験があるからだろう。彼を取材すると、冷静で、責任感の強い性格だと感じる。そんな選手でさえ「特殊な環境」に惑わされるという。
報道によって注目を集めることはデメリットばかりではない。活躍すれば他球団以上に人気が高まり、関西では野球ファン以外にも名前が知れ渡る。一定期間、1軍レギュラーに定着したような選手なら、引退後は引く手あまた。評論家や講演会活動など、仕事に困ることはない。関西地区に限定すれば、そのメリットは巨人出身者以上かもしれない。実際、「恵まれた環境だった」と振り返るOBも多い。問題は勘違いしたまま伸び悩み、退団していく若手が多い点にある。
12年限りで引退した金本知憲氏(現野球評論家)は今年1月、阪神の南信男球団社長から「若手の講師役」を依頼され、独身寮の選手を相手に「プロの心得」を説いた。「まだプロの世界で何もしていないのに毎日、新聞に出たり、チヤホヤされることは、タイガースの悪(あ)しき環境。そんなことで絶対に勘違いしないように。グラウンドで結果を残したときにはじめて評価してもらって喜びを感じればいい」。金本氏は、露出そのものを否定しているわけではなかった。「本物になれ」「全国区になれ」と激励する。
前出の藤本氏は、03年にFA移籍してきた金本氏から鼻っ柱をへし折られたという。「お前、誰や?お前らみたいなもん、世間は誰も知らんぞ」‐。同氏は「金本さんからそう言われてグサッときた。自分がちっぽけに思えた」と振り返る。
18日、阪神は藤浪らプロ1年目を終える選手を対象に講習会を開き、南球団社長は、以下のように訓示を述べた。「早ければ3年でやめていく選手もいる。そういう厳しさを肝に銘じて欲しい。こちらとしても、3年でというのは、つらい」。
昨季、中堅手のレギュラーを獲得したプロ8年目の大和は「毎日、これだけ(マスコミに)取り上げられれば、多少、影響はあります。でも、結局は自分(次第)。僕は運よく、試合に出られるようになっただけですけど…」と話していた。
ファンに求められる限り、在阪のスポーツマスコミは今後も阪神報道に力を注ぎ続ける。これを意気に感じてくれるか、プレッシャーと捉えるか、勘違いに陥るか…。若虎たちが、巨人よりハードな(!?)環境を乗り越えた先に、阪神の生え抜き時代が到来するのかもしれない。
(デイリースポーツ・吉田 風)