初出場の美里工はV候補沖縄尚学の宿敵

 「春はセンバツから」と言われるように、球春到来を告げる第86回選抜高校野球大会が21日に開幕する。例年、センバツを占う上で参考資料となるのが前年秋に開催される明治神宮大会だ。今春も“秋の日本一決定戦”と呼ばれる同大会を制した沖縄尚学、決勝で惜敗した日本文理(新潟)などが優勝候補の上位に挙げられ、注目されている。

 そんな中、ダークホース的存在として出場各校や関係者の間で前評判が高いのが、春夏通じて甲子園初出場の美里工だ。「美里」と聞いて沖縄の地名と分かる県外の人間は少ないだろう。高校球界では無名の学校が、なぜ他校から警戒されるのか。

 2年生(新3年生)主体で臨んだ昨夏の沖縄大会は決勝まで勝ち上がったが、沖縄尚学に2‐5で敗れて準優勝。新チームとなった秋は決勝で尚学を3‐0で完封。県1位校として出場した九州大会でも決勝で沖縄尚学と対戦すると、今度は3‐4の逆転負けで神宮大会出場を逃した。

 指揮を執るのは08年夏に浦添商を全国4強に導いた神谷嘉宗監督(58)だ。中部商を県内有数の強豪校に育て上げたのも同監督である。12年4月、神谷監督の就任と同時に入学してきたのが今度の3年生34人だった。多くが神谷先生の指導に憧れ、まだ県内でも無名だった美里工を進学先に選んだ。

 今春卒業した1学年上の代は5人しかおらず、入学直後から練習、実戦ともに多くの経験を重ねてきた。“神谷イズム”が浸透してきた結果が昨夏から昨秋の好成績につながった。打倒沖縄尚学の有力候補に挙げられても不思議でない力を兼ね備えたチームなのだ。

 躍進の原動力は層の厚い投手陣だ。エースは最速142キロの伊波(いは)友和投手(3年)。1年夏から背番号「14」でベンチ入りするなど、経験豊富な本格派右腕だ。

 「10」は昨夏に「1」を背負ったこともある技巧派右腕の長嶺飛翔投手(3年)。さらに中学時代は「右の山城(現沖縄尚学エース)、左の島袋」と県内で並び称された島袋倫投手(3年)も控える。入学直後は伊波、長嶺よりも先に頭角を現したサウスポーだ。チーム内で切磋琢磨(せっさたくま)して、常にレベルの高い競争を繰り広げてきた。

 美里工ではレギュラーを示す背番号「1」~「9」とベンチ入りメンバーは選手間投票で決められる。高校野球ではエースの象徴である「1」も監督から与えられるのではなく、チームメートから選ばれる方式だ。神谷監督は「ベンチにさえ入っていれば試合で使えるのだから、背番号は関係ない」と話すが、投手にとってエースナンバーは大きな意味を持つ。

 昨秋から「1」の伊波も順風満帆ではなかった。1年秋に一度、「1」に選ばれたが「1番の仕事はしていませんでした」と振り返る。その後も伸び悩み、昨夏は最終投票によって、島袋と入れ替わりの「15」でギリギリ滑り込んだ。「1」は腰痛から復活した同学年のライバル長嶺だった。

 調子が上がらなかった伊波だが、大会直前にコーチの助言で体の開きが早かった癖を修正。半信半疑で始めた新フォームが見事にはまって復調した。秋の新人大会からは「1」を取り戻した。投票でも初めて自信をもって「1」に自分の名前を書き込んだ。「やらないと結果が出ないし、やればやった分だけ返ってくる。頑張れば皆が認めてくれる」という投票制がエースの自覚を生んでいる。

 美里工野球部では「文武両道」ならぬ「文部両道」を掲げ、勉強と部活動の両立を目指している。入学直後の1年生は野球ではなく、まずは国家資格取得のための勉強に取り組む。工業高校の一般生徒が3年間かけて取るレベルの資格を野球部員は数カ月で取得を目指す。就職に有利な“武器”を得てから、野球にも専念する狙いだ。

 伊波も第二種電気工事士の資格を持つ。1年では不合格だったが、2年で合格。入学直後からメンバー入りしていたことを言い訳にせず、文部両道を実践した。この文部両道の方針は今では野球部以外にも広がりを見せているという。

 昨秋の九州大会決勝は長嶺をリリーフした伊波の失投で逆転負けを喫した。そして、接戦の末に敗れた相手がその後の神宮大会で優勝した。「県民としてはうれしかったけど、ライバルとしては悔しかった」と伊波は思い返す。県内の宿敵である沖縄尚学の“秋の日本一”は大いに刺激になった。

 「尚学さんも神宮大会で相当成長していると思う。自分たちも神宮に出ていれば勝てたのではないかというのは負け惜しみになる。でも、あの舞台に出たかったという思いはあります」

 いよいよ秋に逃した全国舞台だ。自分たちの力を存分に示すときがきた。初戦は第4日第2試合で甲子園通算15勝の関東第一(東京)が相手。同県の沖縄尚学とは決勝まで当たらない組み合わせになっている。

 「県勢で戦いたいですけど、その前に初戦を勝たないと。初戦に勝って勢いに乗っていければいい。勝ちに行きます。自信はあります」。伊波は待ちに待った全国デビューを前に力を込める。

 「『美里、美里』と言われるけど、『美里工業』と覚えてほしいです。美里高校もありますから」と笑みを浮かべる。2学年80人の仲間の信頼を得て、今大会もエースに選ばれた伊波が、沖縄の県立高校、美里工業の名前を全国に知らしめる。

(デイリースポーツ・斉藤章平)

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