「真央とヨナ」を歌う伝説の純音楽家

 1枚のCDが手元に届いた。「言音一致の純音楽家」を掲げる伝説のシンガーソングライター・遠藤賢司が6月4日にリリースするニューアルバムである。1969年のデビューから45周年を記念し、タイトルは「恋の歌」(富士/disk union)という。

 1曲目はエンケン(※遠藤の愛称)の代名詞的な名曲「カレーライス」から44年後の世界を歌った「44年目のカレーライス」。前作は、台所でカノジョが作るカレーライスの香り、それをねだる猫の鳴き声といった日常風景と、テレビで報じられる三島由紀夫の自決(70年)…であろう世相が並行して描かれていたが、2014年版の冒頭には「若くてきれいな女優さんがテレビで『カレーライス』が好きだと言ってたらしい」というくだりがある。

 あくまで創作物であるが(前作にも三島の実名は出てこない)、“昭和世代の日本のフォークやロックに詳しい若い女優”ということで、ふと成海璃子を連想した。92年生まれの成海は、音楽専門誌で自身が選んだ日本のフォーク/ロックアルバムに加川良、友川かずき(現カズキ)、西岡恭三、村八分、ザ・スターリンなどと並んで遠藤賢司を挙げている。とにかく世代を超えた曲であり、それを受け継いだ新曲では44年の間に世を去った愛猫や音楽の盟友たちに思いを馳せながら、白寿(99歳)までの現役を宣言している。

 さらに約14分に及ぶ表題作「恋の歌」から、アルバムを締めくくる12曲目へと続く。その曲名が「真央ちゃんと妍児(ヨナ)ちゃん」なのだ。ソチ五輪からはや4カ月。五輪2大会で宿命のライバルだった2人のフィギュアスケーターがモチーフになっている。 日本と韓国。ここ数年でさらに加速する“反日”と“嫌韓”。両国の関係から、競技以外の部分で“雑音”が飛び交うことも多かった。「いろんなことがあったね♪」。この歌い出しのワンフレーズには、そんな“いろいろ”も集約されているだろう。

 だが、エンケンは余計なことを言わない。ただ2人の姿が琴線に触れたから歌にしただけだ。アコースティック・ギターとハーモニカを奏で、淡々と、シンプルに、ささやく。「その分、2人は仲良しだ…ね♪」。ラグビーでいうところの「ノーサイド」の境地。それが心に染みる。

 脚本家の宮藤官九郎もエンケンのファンだ。昨年、自身が監督した映画「中学生円山」で“パンクな徘徊老人”というキャラクターを遠藤に当て書きした。その公開に乗じて、デイリースポーツでもエンケンの一大インタビューを掲載させていただいた。「歌い始めた時から“お説教の音楽”だけはやりたくなかった。自分で元気になる音楽を作れば人に伝わると思う」。後日、ライブの打ち上げで末席に加えていただき、そこで食したカレーライスが人生で3本の指に入るほど絶品だったことも蛇足ながら付け加えておく。

 それから1年。1分40秒の短編「真央ちゃん~」を耳にした。この歌は「またね♪」の一言で締めくくられる。「勝った負けた」の世界から解放されても、2人の明日は続く。そして、エンケンも…。67歳にして自身初の全曲弾き語りとなった原点回帰の新譜には、「歌い続ける」という、“不滅の男”としての覚悟と矜持が響いている。=敬称略=

(デイリースポーツ・北村泰介)

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