イチロー、キャプテン・ジーターを語る

 「稀有な存在ですね」

 9月25日、ヤンキースタジアムでの今季最終戦。サヨナラ勝ちの余韻が残るクラブハウスでイチローは、現役最後のホームゲームで勝利の一打を放ったデレク・ジーターをそう評した。

 ヤンキース第11代キャプテン。100年以上の歴史を誇る名門にあって、メジャーデビューから20年間、プレーし続けたのはジーター1人しかいない。打撃タイトルこそないが、通算安打は歴代6位の3465安打。ポストシーズンにさらに力を発揮し、通算200安打は歴代最多。ワールドシリーズを5度制し、“MR.NOVEMBER(11月男)”とも呼ばれている。

 まさに「稀有な存在」である。

 しかし、イチローの視点は少し、いや、かなり違った。

 「ジーターはどんな存在ですか?」

 イチローが12年7月にマリナーズからトレードで移籍した時からいつか聞いてみたいと思っていた質問だ。シンプルだが、切り出すタイミングは“区切りのとき”だと考えていた。地元ニューヨークでの最後の雄姿。感動の結末。ここしかないと思った。

 10秒ほどの沈黙があった。てっきり、イチローは野球選手としてのジーターを語るのだと思っていた。

 「MLB(大リーグ)って『子供』の集団だから、基本的に」

 ん?

 「『子供』の集まりの中に『大人』が1人いるという感覚ですね」

 ん?ん?

 「みんな(選手たち)は野球場に来れば『子供』に戻れると言うと思うけど、実際には家に帰れば『大人』にならなきゃいけない。ジーターの場合は『ここに来れば子供になれる』っていうのが当てはまる。そういう稀有な存在だよね」

 野球では最高峰の大リーグ。「一番でやってきたヤツばかりの集まり」とも表現した特殊な世界でイチローは14年間、プレーしてきた。フィールドはもちろんのこと、ダグアウト、クラブハウス、移動の飛行機、遠征先の宿舎、さまざまな場所で選手たちと接し、その言動を目の当たりにしてきたからこそ口にできる言葉だ。

 『子供』と『大人』。イチローはその定義や意味をあえて説明しないが、ジーターの、特にフィールド外での立ち居振る舞いは他の選手とは一線を画すものがあったのだろう。だから、イチローはジーターを「稀有な存在」と呼んだのだった。

 ジーター最後のホームゲームには今季最多、4万8613人が押し寄せた。試合前のウォームアップのとき、選手紹介のとき、初回の守備に就いたとき、打席に入ったとき、…。ことあるごとにジーターコールの大合唱が響き渡った。

 「なぜこれほどまでに人はジーターに魅かれるんですかねえ?イチロー選手もそうだと思いますが」

 ずっと聞きたかった2つ目の質問をぶつけてみる。

 今度は即答。「あのままだからじゃないですか」。

これも素のジーターを間近で見てきたイチローだから言える言葉だ。

 「あのままの人だから、っていうことに集約されると思います。いいこと言っているのに(聞く者の心に)響かない人がいっぱいいるけど、ジーターの場合はやってることと言っていることが伴っている。だから、人の心が動く。人を見てきた人は、それが本物の言葉かどうかって分かるから」。

 さらに続ける。

 「悪いとこを見つけようとするんだけど、ないもんねえ。人間は欠点があるべき、絶対にあると思うんだけど、この人は欠点がないことが欠点ですね。もうあり得ない人だから」

 チームメートの悪いところを見つけようとする?いかにもイチローらしくて思わず噴き出してしまった。

 この人は欠点がないことが欠点。取材してきて14年。イチローの口から初めて聞く最大級の褒め言葉だった。

 9月27日、敵地フェンウェイパークで行われたレッドソックス戦。シーズン2試合を残してイチローがシーズン初めて1番で起用された。2番にはジーター。昨年7月11日のロイヤルズ戦以来となる1、2番コンビだ。

 10月で41歳を迎えるイチローと、6月に40歳を迎えたジーター。2人が打ってきたヒットの数は合計6309本。ワクワクしない方がどうかしている。では、実際にプレーする選手の気持ちはどうか。

 「同じラインアップでも1番と2番で名前を連ねる気分は違うものですか?」。

 そう聞くと、イチローの声が少し弾んだ。

 「あるよ、それは。だから、いつもは(配られる)ラインナップカードは捨てるけど、きょうは取ってあるからね、ここに」。そう言って、自分のロッカーの上の方を指差した。「これは取っておこうかなと思ってる、うん」。

 シーズン最終戦となった翌28日の試合でも2人はコンビを組んだ。

 三回に先制2点適時三塁打を放ったイチローをホームに還したのはジーターだった。現役最後となった打席。ホームベースに叩きつけられた打球が三塁手の前に大きく弾んだ適時内野安打。「ただ、僕を還してほしいという気持ちだけ。あそこは」。その場面を振り返るイチローは本当にうれしそうだった。

 「稀有な存在」。

 イチローはジーターをそう呼んだ。

 そのプレースタイルは言うまでもなく、独特の感性、独自の視点で物事を見るイチローもまた「稀有な存在」であることは間違いない。

(デイリースポーツ・小林信行)

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