逸ノ城は九州場所で勝てるか…
新入幕だった大相撲秋場所で、1横綱2大関を破る大活躍を演じて殊勲・敢闘をダブル受賞した逸ノ城(湊部屋)。新入幕力士が13勝2敗の好成績を挙げたのは、1967(昭和42)年3月の陸奥嵐以来3人目の快挙。しかも、当時は平幕下位で大勝ちしても上位とは対戦しないのが慣例で、陸奥嵐は三役以上の力士とは当たっておらず、逸ノ城の快進撃はまさに常識を覆す事例といっていいだろう。
千秋楽まで優勝争いに絡み、史上2位タイに並ぶ31回目の優勝を決めた横綱白鵬よりも大きく取り扱われたほど。九州場所(11月9日初日、福岡国際センター)では新三役への昇進が確実視されており、再び主役級の大暴れが期待される。
ところで新入幕からひと場所で三役昇進したケースは、64年3月の北の富士(元横綱、現解説者)、73年11月の大錦(現山科親方)の2例がある(年6場所制になった58年以降に限る)。ちなみに大正時代には、のちの第26代横綱となった大錦卯一朗が入幕2場所に小結に上がって9勝1敗と勝ち越し、翌場所には大関に昇進している。
とはいえ、当時は番付編成の仕組みも違うためこれは完全に参考外だろう。では、一気に躍進した北の富士と大錦がどうなったかというと、北の富士が4勝11敗、大錦が3勝12敗と見事に上位の壁にはね返されているのである。
逸ノ城は初めての上位総当たりとなる九州場所で、どれだけの勝ち星を残せるのだろうか。秋場所14日目に逸ノ城と対戦して左からの上手出し投げで転がして貫禄を示した白鵬は、「いずれ来るだろうとは思っていたが、一気に来ましたね。顔つき、体つきといい本当の怪物かな、と。でも来場所が正念場になるでしょう」と、千秋楽の翌日に行われた一夜明け会見でこう話している。秋場所の好成績がフロックではないことを実証するには、結果はもちろんだが内容も問われることを示唆したわけだ。
そのあたりは逸ノ城本人もきっちりと自覚しているようで、「今度は上位に上がると思うのでしっかり稽古したい。特に立ち合いを磨きたい」と課題を挙げた。自身がイメージする理想的な取り口は、もっと前に出て攻める相撲だという。
秋場所の前半戦では1分以上かかる慎重な相撲が何番かあった。得意の右四つに組み止めて相手が疲れるのを待つというキャリアに似合わぬ冷静な戦法だが、やはりあの大きな体でどんどん前に出てこられる方が相手に与える脅威は全然違う。“耐久力作戦”は上位力士にはなかなか通じないことが十分に予想される。本場所から本場所までの短期間で、そのあたりの対策をどう講じてくるのか大きなポイントになりそうだ。
10日からスタートした秋巡業でも、横綱鶴竜からぶつかり稽古で連日のようにしごかれており、全身砂まみれになりながら懸命に胸を借りている。潜在能力はモンスター級とはいうものの、プロに入ってからまだ1年も経っていない。
息切れするのも早く、「全然力が入っていない。まだまだ押す力も弱い。自分が朝青龍関からつけてもらった稽古はこんなものじゃなかった」と鶴竜からは強烈なダメ出し。とはいえ、土俵下から稽古を見届けた尾車巡業部長(元大関琴風)は、「これだけしごかれたら(巡業期間中の)この2週間でまた強くなるぞ。上位陣もうかうかできないだろう。次の場所も案外壁はないかもしれないよ」とさらなる活躍を予告?してみせた。
21歳の逸ノ城は日本の学年でいえば大学3年生にあたる年代である。他の競技に例えるならフル代表のすぐ下のカテゴリー。いわゆる育成年代に属するわけで、まさに伸び盛りの時期というわけだ。
秋場所中に師匠の湊親方(元幕内湊富士)が、「寝て起きるたびに強くなっている」と驚嘆した成長ぶり。場所後のイベントでは大きなお腹をさすりながら、「食べても飲んでも太ります」と体格の進化もとどまることを知らない。
北の湖理事長(元横綱)は「九州で2ケタ勝つようなら、大関が近づいてくる。もうひとつ力がついたら、1年以内に優勝することもあると思う」と高く評価している。
はたして、怪物の快進撃はこのままノンストップで突き進んでいくのか、それとも上位力士の壁のはね返されてしまうのか。1年納めの博多の土俵が、熱く盛り上がることは間違いない。
(デイリースポーツ・北島稔大)