“謎の馬”ソウタツを知っていますか?

 ソウタツという馬をご存じだろうか。00年4月26日生まれ。栗毛の牝馬で、父はブライアンズタイム。同級生にはゼンノロブロイ、ネオユニヴァース、スティルインラブなどがいるが、この馬は9戦0勝。芝でもダートでも、レースではこれといった見せ場をつくることはできなかった。

 戦績上は目立ったところがない。ならば特筆すべきは何かというと、ソウタツは知る人ぞ知る14歳の現役未勝利馬。しかも、04年7月4日の函館500万下(11着)を最後に、ざっと10年間もレースに出走していない。

 馬が骨折などのケガで長期休養することはあるが、長くてもせいぜい2年ほど。10年を超えるケースは聞いたことがない。謎の馬ソウタツとは何者か-。この常識的にありえない状況は長年、競馬界のミステリーとして一部マニアに親しまれ、面白がられていた。

 だが、事態は今月13日に急転する。競走馬登録が突如、抹消されたのだ。

 10年不出走を経ての引退。驚きはそれだけにとどまらない。何と、抹消前に種付けされていた事実が発覚したのだ。JBBA(日本軽種馬協会)の資料では今春、カリズマティックとボストンハーバーを付けられたとある。確認のため問い合わせたところ、馬名の混同などでは決してなく、まごうことなき当時現役競走馬のソウタツだった。

 海外ではディープインパクトの母ウインドインハーヘアが、子を宿したままレースに出走(しかも優勝)した例などがあるものの、JRAでは現役競走馬の繁殖は容認されていない。種付けされた事実が公になったことでうやむやにできず、慌てて抹消したのだろう。

 そもそもなぜ、オーナーは未勝利馬を10年間も出走させないままにしていたのか。JRAでは馬主が正当な理由なく、1年以上馬を所有しなかった場合は資格を取り消される。そのため、ネット等では「馬主資格保持のためではないか」との臆測が飛び交っていたが、関係各所の話を総合するとおおよそその通りだ。

 オーナーである中村勝彦氏の所有馬は現在、カキツバタ(牝2歳、美浦・小桧山)1頭のみで、それ以外は全て引退済み。中村氏自身はカキツバタがいる時点で条件は満たすのだが、ソウタツは複数の馬主による共同所有馬だった。馬主仲間が抱える資格問題が何らかの形で解決したため、不出走のまま引き延ばしていた“謎の馬”をようやく、引退させてもいい状況になったようだ。

 ただ、前述したように、抹消手続きに踏み切ったきっかけは種付けの発覚だ。それはタイミング的に間違いない。資料が表に出なければ、馬の死後も登録されたままになっていた可能性もあったわけだ。それはそれで、ミステリー度は倍増しただろうが…。

 JRAは今回の件について「競走馬登録中、繁殖の用に供することは禁じられています。改めて調教師には預託管理の徹底をお願いしたい」と返答。ルール違反を認識しつつも、特に罰則などを科す考えはないという。

 確かに、馬券を買うファンが直接迷惑を被る、といった類いのものではなく、私も10年不出走の14歳未勝利馬というレアなキャラを面白がっていただけだ。何事もキッチリカッチリなJRAにしては案外、馬の管理はテキトーなんだな、とは思ったが…。中村勝彦氏は中山競馬場の復興に尽力した二代目・中村勝五郎氏の孫。名士に一定の配慮が働いたのかもしれない。

 現在、ソウタツは北海道日高の新冠町にある牧場で繋養されている。今春の種付けはいずれも不受胎に終わったそうだが、繁殖牝馬としての仕事を続けていれば、いつかソウタツの子がデビューするときが来るだろう。若駒の母の名を見て「あのソウタツの子か!」と驚かせてくれる日を楽しみに待ちたい。

(デイリースポーツ・長崎弘典)

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