棋界の“名手”が残した電王戦への苦言

 人間の頭脳はどこまでコンピューターに伍(ご)することができるのか、コンピューターの計算力は人間の研究と経験を上回れるのか-。将棋のプロ棋士とコンピューターソフトとの対戦「電王戦」は、将棋ファン以外のさまざまな層からも関心を集めている。

 第1回の電王戦は2012年、日本将棋連盟の米長邦雄会長(当時)が、将棋ソフト「ボンクラーズ」との間で行われ、「ボンクラーズ」が圧勝した。それから1年に1回、5対5の団体戦の形で行われ、第2回、3回はいずれもコンピューターが勝ち越し。第4回となる現在進行中の「電王戦FINAL」は、ここまで2勝1敗で棋士がリードしており、初勝利に王手をかけている状態だ。

 今や、将棋界最大の話題となった感すらある電王戦。だがこの対局に、真っ向から苦言を呈したのが、今年3月をもって現役を引退した内藤國雄九段(75)だ。内藤九段は、3月20日に関西将棋会館で行った引退会見で、コンピューターとの対局について「私はよくないと思っています。私の周りも、ほとんどの人が『やめさせろ』と言っている」と口にした。

 会見終了後、内藤九段に真意を問うと、「コンピューターの将棋には、美学がない。もちろん勝ち負けは大事だけど、人間同士が戦うから、想像を超えるドラマも生まれると思うんです」との答えが返ってきた。

 歴代6位の通算1132勝という実績もさることながら、華麗で伸びやかな手を連発し「自在流」の異名をとった内藤九段。将棋には同名のタイトルがあるため「名人」と呼ぶことはできないが、将棋界きっての「名手」として、盤上で数多くのドラマを演出してきた。だからこそ、その言葉には重みがある。

 実際、コンピューター将棋の差し回しに関して、課題が指摘されてはいる。3月14日に行われた電王戦FINAL第1局では、将棋ソフト「Apery」が、ほぼ敗北が決定し、人間同士なら確実に投了する状況から、無駄に王手を連発。いたずらに対局を長引かせた。とりわけ、棋譜を1つの作品とも考えているプロ棋士にとっては、苦々しい思いはあるだろう。

 また、コンピューターにはないミスやアクシデント、そしてそれを誘う心理戦などは、将棋の魅力の1つとも言える。3月8日に放送されたNHK杯戦では、橋本崇載八段(32)が二歩(縦の列に歩を2枚並べる)の反則を犯し、大きな話題となった。

 心理戦と言えば、歴代1位の通算1433勝、名人在位18期を誇った大山康晴十五世名人が、劣勢に陥った際に仕掛ける“盤外戦”は、今も伝説として残っている。いずれも人間同士の対局でしか生まれない“味”だ。

 もちろん内藤九段も、コンピューター将棋自体を否定しているわけではない。「詰め将棋の検討をしたんですが、プロのトップクラスでも数時間かかるチェックを1秒ぐらいでやってしまう。あれで嫌気が差しましてね」と、強さは十分に認めている。さらに、多種多様なゲームが開発されている現状から、将棋界の未来に「ただ黙々と棋譜を作っているだけでは、将来が非常に寂しいものがある。棋士が必要なくなってくるんじゃないか」と危機感も持っている。

 ただ、その“解決方法”として、人間と機械を同じ土俵で戦わせることは、やはりそぐわないということだろう。例えば速さを競う勝負なら、人間は車にはかなわない。それでも100メートル走は、今でも五輪の華だ。極限状態に追い込まれた人間の脳が、肉体が発揮する、奇跡的な能力。その魅力は、どれだけデジタル時代になったとしても、色あせることはない。(デイリースポーツ・福島大輔)

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