【競馬】記録より記憶残るマティリアル
今週は中山競馬場で皐月賞トライアル・スプリングS(20日、芝1800メートル)が行われる。牡馬クラシック戦線を占う意味でも非常に重要な一戦だ。90年以降では、ナリタブライアン(94年)とオルフェーヴル(11年)がこのレースをステップに3冠馬に輝き、ミホノブルボン(92年)、ネオユニヴァース(03年)、メイショウサムソン(06年)が春の2冠を制覇。ほかにも、タニノギムレット(02年)、アンライバルド(09年)、ロゴタイプ(13年)、キタサンブラック(15年)がのちにクラシックを制覇しており、今年も目が離せない。
ここで質問。あなたは87年にこのレースを制したマティリアルという馬をご存じだろうか?重賞はわずか2勝しか挙げられなかったが、我ら中年世代にとってはまさに“記録よりも記憶に残る名馬”だ。タマモクロスと同期で、ひとつ年下のアイドルホース・オグリキャップとも対戦しており、あの時代を振り返ったときに、今でも胸が熱くなる競馬ファンも多いことだろう。
数年前、某競馬雑誌に「後世に語り継ぎたい名馬は?」というアンケート企画が載っていた。堂々の1位はディープインパクトで、確か2位オルフェーヴル、3位オグリキャップ、4位ウオッカ、5位サイレンススズカ…と続いていたと思う。当然、実績に乏しいマティリアルは100位にも入っていない。それでも、87年スプリングSで彼が放った一瞬の輝きは、当時の競馬ファンに深く“衝撃”を与えた。
前年の朝日杯3歳S(現・朝日杯FS)を制したメリーナイスを差し置いて、寒梅賞で2勝目を挙げたばかりのマティリアルは1番人気に支持された。それだけで、当時の同馬に対する期待の大きさがうかがえるが、それ以上に、あのド派手なパフォーマンスにファンは度肝を抜かれた。
1番人気馬とは思えぬほどの行きっぷりの悪さで、道中は最後方を追走。勝負どころも勝てるような気配はなく、直線はV圏内から完全に外れていた。実況アナウンサーの「マティリアルは届きそうもない!」というフレーズは語り草。末脚一閃、ゴール前の大どんでん返しは、多くのファンに“大物出現”を予感させた。手綱を取った岡部幸雄騎手の「ミスターシービーしちゃったね」というコメントも印象的だった。
マティリアルのその後の生涯については長くなるので割愛させていただくが、ざっくり言えば(1)単枠指定のダービーでまさかの大敗、(2)長きに渡る低迷、(3)京王杯オータムハンデで感動の復活、(4)レース後に骨折、そして急死-である。このドラマのようなリアルな現実が、我々の胸を熱くした。興味を持たれた方は、ぜひ本やネットで調べていただきたい。
ディープインパクトやオルフェーヴルのように、輝かしい成績を挙げることはできなかった。ただ、あの衝撃とも言えるスプリングSの1走だけで、当時の競馬ファンは「いつかまたあの豪脚を使うのではないか?」とマティリアルが走る度に期待感を持っていた。また、90年有馬記念のオグリキャップには遠く及ばなくとも、最後のレースとなった89年京王杯オータムハンデでの復活Vにスタンドは拍手喝采。順風満帆とは言えない競走馬人生に、自分の姿を重ねたファンも多かったことだろう。
当時、私は中学生。振り返れば、あのスプリングSをブラウン管越しに見てしまったことで、ずっぽりと競馬の魅力にはまってしまった。あの日から、あっという間に30年近い月日が経過したが、今でも私の競馬人生において、マティリアルは欠かすことができないピースのひとつだ。後世に語り継ぎたい、ファンに愛された名馬だった。(デイリースポーツ・松浦孝司)