【野球】阪神・掛布2軍監督の一言
阪神の育成選手だった田面巧二郎投手(25)が4月15日、支配下選手に再登録された。「これまでのことを評価していただいたということなので、率直にうれしい気持ちです」。喜びと同時に、今後の1軍を目指す戦いへ闘志がみなぎる。そんな若虎を、掛布雅之2軍監督(60)は穏やかな表情で見つめていた。田面が変わったのは、掛布2軍監督が発した何気ない一言がきっかけだった。
昨年12月、台湾で開催されたアジア・ウインターリーグ。当時育成選手だった田面は、陽川、横田、岩貞とともに参加していた。
就任したばかりの掛布2軍監督は、「この目で確かめる」と台湾に渡った。そして到着した日、選手やスタッフ陣を集めた食事会が開かれた。その席で掛布2軍監督は、田面にこう言った。
「2月11日に投げてみるか?」
高知・安芸で行う2軍キャンプ。2月11日は、韓国・ハンファとの練習試合が組まれていた。掛布2軍監督にとっての初陣だった。「シャレで言ったんだよ」。和やかな食事会のムードに乗せられた、冗談交じりの一言だった。だがその言葉に、25歳の青年は「照準を合わせて、100%でいけるようにします」と奮起する。
それまで6試合で防御率10・56と不安定な投球が続き、ブルペンからも遠ざかっていた右腕。「言われたからにはしっかり抑えられるように」。翌日、表情が明らかに変わった。期待に応えたい-。並々ならぬ闘志が伝わってきた。その表情を見た掛布2軍監督も、田面の変化を感じ取った。久保康生2軍投手チーフコーチ(57)に国際電話をかけ「田面を2・11にいかせる」と伝えた。
それから2時間後。球場内の記者席で試合開始を待つ掛布2軍監督のところへ、田面が恥ずかしそうな表情を浮かべながら訪ねてきた。
「これ、知り合いの方から頼まれたんですけど、サインしてもらえないでしょうか?」
指揮官は満面の笑みを浮かべてペンを走らせた。田面が去った後、ミスタータイガースはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「コーチからも田面の話を聞いていたし、少し心配してた部分もあったんだよ。でも、もう大丈夫だと思う。変わろうとしているよな。『よし、いける』と思ったね。あいつは俺に近寄るようなやつじゃなかったのに。2・11は田面だよ!」
おとなしい性格で、いいものは持っているが、前に出ようとするがむしゃらさに欠けていた。それがプロで結果が残せない遠因だと指摘されてきた。そんな田面が、掛布2軍監督のところにサインをもらいに来た。人によっては、何でもないこと。しかし田面にとっては、大きな変化だった。
2カ月後の「2・11」。右腕は安芸で3回無失点の好投を演じ、指揮官の対外試合初勝利に貢献した。ウエスタン・リーグが開幕した後も好調を維持し、4月15日に支配下選手へ。背番号は116から97になった。「気を引き締めて、日々精進していきたいと思います」。その表情は晴れやかだった。
社会人のJFE東日本からドラフト3位で入団し、今季で4年目。結果を残せず14年オフに育成契約となり、15年4月から約3カ月間、BCリーグ・福井で武者修行。いばらの道を進んできた。そして16年4月、新たな挑戦がスタートした。
掛布2軍監督は言う。「116番とはサヨナラだね。彼はチームにとって大事な戦力だから!」(デイリースポーツ・中野雄太)