【スポーツ】まだ見たい、走りで見せる陸上・末続の生きざま
6月の陸上日本選手権では100、200メートルの2冠を達成したサニブラウン・ハキーム(18)=東京陸協=や100メートルで2位に入った多田修平(20)=関学大=など、若手の活躍が目立った。しかし、彼らに負けない声援を浴びたのが、9年ぶりの出場となった37歳の末続慎吾(SEISA)だ。
男子200メートルでは、コーナー付近までサニブラウンらとトップ争いを繰り広げた。終盤は一気に抜かれて21秒50で予選落ち。それでも「今出せるベストの走りができた」と達成感を口にした。印象的だったのは「走っていて、一人じゃないんだなと思った。20代の頃は一人で走っている気がしていたけど、今日は楽しかった。幸せでした」という思いだった。
サニブラウンの前に100、200メートルの2冠を獲得したのが2003年の末続。20秒03の200メートル日本記録は、今も破られていない。「ナンバ走り」など日本人の個性を生かす走法で、今ほど注目されていなかった日本の短距離界をけん引した。
08年北京五輪では400メートルリレーで銅メダル獲得。しかし、必死に世界に食らいつく日々は、心を疲弊させていった。「何に勝ちたいのか、何に負けているのか、わからなくなった。心が冷たくなった」。08年から長期休養を経て11年にレースに復帰。しかし、12年ロンドン五輪は代表落ちし、所属していたミズノも15年に退社した。
地元熊本と東京を拠点に競技を続け、高校生と競技会で走った。昨年4月には熊本地震に遭い、車中泊も経験。「こんな時に走っていていいのか」と葛藤もあった。そんな中で少しずつ取り戻したのが「かけっこが大好き」という原点だ。
今回の日本選手権は、5月に米テキサス州で行われた大会で20秒94を出し、参加標準記録Bの20秒95を突破したことで出場権をもぎ取った。9年ぶりの大舞台に「(長居陸上競技場が)ヤンマースタジアム長居でしたっけ?名前が変わってました」と苦笑い。最も驚いたのは、2万人を超す大観衆だ。
200メートル予選のスタート前、大型スクリーンに映った末続の姿には、どよめきとともに拍手と歓声が沸き起こった。末続は観客の反応に一瞬驚いた表情を見せたが、何度も両手を合わせて拝むように感謝した。「自分のことを知らない人もいたのに、僕の何を見てくれていたのかな」
スパイクを履く気にもなれなかった時期があった。「走ることは魂」という本能を取り戻すまでには、求道者のような日々がある。進退は明言していないが、走りで生きざまを見せられる希有な存在だ。9秒台や、し烈な代表争いとは違う戦い。自分と向き合い続ける姿をまだ見せ続けてほしいと思う。(デイリースポーツ・船曳陽子)