【競馬】日高愛のオーナーズクラブに注目 生産牧場を回って馬を選定
「オーナーズクラブ」をご存じの競馬ファンはどれほどいるだろうか。いわゆる「共同馬主」で、対象は個人馬主免許取得者。JRAでは1頭につき最高10人の共有が認められている。「社台グループオーナーズ・中央競馬オーナーズ」が有名であり、1頭あたり10口の募集。昨年の安田記念でG1・3勝目を挙げたロゴタイプ、古くはダンスパートナー(96年エリザベス女王杯覇者)、デュランダル(03、04年マイルCSなどG1・3勝)、スクリーンヒーロー(08年ジャパンC覇者)など、これらはいずれもオーナーズクラブの馬だ。(クラブ法人=一口クラブとは別物。こちらは個人馬主免許がなくても出資可能であり、サンデーサラブレッドクラブや社台サラブレッドクラブなどが有名)。
さて、このたび興味深いニュースが飛び込んできた。7月上旬に新たなオーナーズクラブが立ち上げられたのである。名前は「ニューワールドレーシング・オーナーズ」。設立者はあのマイケル・タバート氏(42)だ。14年オールエイジドS・豪G1を制したハナズゴールなど、「ハナズ」の冠で知られるオーストラリア人の馬主。競馬ファンであれば名前を一度は聞いたことがあるに違いない。
「新世界」の名前通りこれが実に画期的、というよりビジネス的観点からすれば考えられないシステムで驚かされる。ホームページには(1)運営に関する費用の請求(入会金、毎月会費、年会費)は一切なし(2)募集馬引退までの運営に関わる事務手数料および賞金分配時の手数料等は一切なし(個人馬主と同様の進上金後の80%を分配)と記載されている。特に後者に関しては通常のオーナーズクラブやクラブ法人で、手数料を差し引いての60~70%分配が妥当なライン。何も他のクラブを批判しているわけではない。事業として成り立たせる以上、むしろ必要な経費であり、採算度外視に近いこのシステムの方が異常だろう。
また、目標レースの桜花賞・ダービーに当該募集馬が出走した場合、所属厩舎には謝礼金500万円を支払う(250万円は会員負担)という、明確な「ニンジン作戦」を実施。前出の両レースに出走するだけの賞金を稼いでいれば、この250万円(1口あたり25万円)は楽にペイできる可能性が高い。なるほど、任された調教師のモチベーションを上げる手法もまた斬新だ。
総じて金銭面では会員が多大な恩恵を受けるのだから、会社としての利益は当然減る。個人的に興味を抱いたのは、「なぜこのようなビジネス的に賢いとは思えないシステムで運営するのか」という点である。こちらの取材に対し、タバート氏は自身に秘める思いをこう打ち明けた。
「コンセプトは“日高地方の活性化”です。今まで僕の個人馬主としての所有馬は、基本的に日高地方・浦河町の生産馬でした。規模の小さい牧場で、皆さんまるで家族のように子馬を育てている。非常に心の温まる光景を何度も見てきました。ハナズゴールが大きなレースを勝った時には、町を上げて祝福してくれたのです。うれしかったですね。まあ、もともと田舎が好きというのもあるんでしょうけど(笑い)。やはり日高地方を応援したい。その手助けを少しでもできればと思い、オーナーズクラブを立ち上げました」
今回の募集馬6頭も、自らの足で日高地方を回り、生産牧場と話し合いながらセレクトした。「でも“たたいて、たたいて安く買う”ということはしていません。会員様に対して費用の面で可能な限りの還元を決めたのは、会員というよりも日高を応援する仲間としての感覚を持っていただきたいからです。そうした感覚をこのオーナーズクラブで共有できればと思っています」とタバート氏。出資者には特にタイミングを決めることなく、浦河町の名産品を送るなど「ふるさと納税」的な楽しみを加えていくという。浦河町を知ってもらいたい思いからたどり着いたイベントだ。
オーストラリア人だが、どこか日本的な人情味を感じさせるタバート氏。こんなエピソードがある。13年にまだ注目度の低かったノルディックスキー・ジャンプ女子が活動資金に苦労しているというテレビ番組を目にした。その姿に心を打たれ、ソチ五輪代表候補となっていた平山友梨香選手のスポンサーに名乗りを挙げたのである。女子アスリートを馬主が支援するのは異例。牝馬のハナズゴールが現役で活躍中だったことから、「同じような女子アスリートとして少しでも応援したいと思った」と当時の心境を語っている。
社台グループという強大な存在がいる以上、日高生産馬を中心とした共同馬主が成功を収めることは容易ではない。金銭が関わればシビアな姿勢を見せる個人馬主も多いことだろう。ただタバート氏は格安で購入したハナズゴールが海外G1を含めて国内外で重賞3勝を挙げるなど、何かを“持っている”感が非常に強い人物。厳選した募集馬が大きな仕事を成し遂げても、決して驚きはしない。何より日高地方の生産者と会員に優しい、愛の伝わる事業でもある。その姿勢に感銘を受け、ひとつの大きな流れがつくられていく可能性を秘めているのではないだろうか。
将来的には一般人も出資可能なクラブ法人、いわゆる「一口クラブ」の設立も考えているというタバート氏。こちらについてまだ詳細は不明だが、オーナーズクラブのコンセプトを引き継ぐようならサラリーマンにとって財布に優しい、ありがたみのある一口クラブとなるだろう。高校在学時のホームステイから日本に興味を抱き、今や国内の永住権も持つ42歳。地元民にも負けない「日高愛」と情熱的なハートに満ちているオーストラリア人が、果たしてどのように日本競馬を盛り上げてくれるのか。その動向を見守りたい。(デイリースポーツ・豊島俊介)