【スポーツ】稀勢の里、おっつけで困難を乗り越える

 大相撲の横綱稀勢の里(31)=田子ノ浦=が10日から夏巡業に合流した。春場所で負傷した左上腕部などに不安を抱え、名古屋場所では左足首の靱帯も損傷し6日目から途中休場。2場所連続の休場に横綱審議委員会からは万全な状態に戻るまで全休するよう勧告もされた。そんな中、巡業で状態を上げることを選択。秋場所(9月10日初日、両国国技館)出場を視野に復帰ロードを踏み出した。

 「万全」とは、代名詞とも言える左おっつけが使えるかどうかに尽きるだろう。おっつけとは、相手が差しに来た手の肘を外側から押さえて下から上へ押しつける技術。稀勢の里にとってはおっつけ、左差しが必勝型で苦境もおっつけ一発で打開ができる。相手を浮き上がらせる程の破壊力を持つ生命線だ。

 左腕に力が入らない状態で夏場所前から名古屋場所と常に試行錯誤。相手は当然、ウイークポイントを執ように狙ってくる。勝負の世界、“手負いの獲物”に情けなどない。

 苦しむ姿を見て、ボクシングの元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎(47)が同じ道を歩む愛息・辰吉寿以輝(20)=大阪帝拳=に対した勝負師のコメントがよぎった。

 昨秋、後楽園ホールで勝ったにもかかわらず“浪速のジョー2世”を「個性がない」と切り捨てた。「『こいつのこれが怖い』というのがその選手の武器。その武器で勝ち続けていけばそれが華になる。個性がないというのは華がないということ。華がないというのは武器がない。自分の子やからかもしれないけど華がない。今のままでは路頭に迷う。武器をつくるのか、無敗のままフェードアウトするのか」。華がありすぎるカリスマが愛息に求めるのは酷な話ではあるが「武器」は一流選手にとって不可欠なものだと、とうとうと説いたのだった。

 辰吉は華麗なステップ、流れるコンビネーション、そしてKO必至のど迫力の左ボディーが代名詞だった。ヒーローには必殺技がある。見に来た客はその必殺技で相手が倒れ、熱狂するのだ。

 もう1人、柔道五輪3連覇の野村忠宏(42)も辰吉に通じることを言っていた。子供向けの教室で「いろんな技を使って強くなりたい」と、話す子供柔道家に言い切った。

 「一つの技だけに打ち込んで下さい。内股なら内股、大外狩りなら大外狩りを」。

 野村と言えば背負い投げが代名詞。とはいえ、背負い以外にもスピード豊かで多彩な技も併せ持つ。疑問を持つ子供に野村は実演してみせた。背負い投げと見せかけ体(たい)の使い方を瞬時に変えて内股、体落としへの変化技。背負いという絶対無敵の技があるからこそ、決まるのだと伝えていた。

 野球なら王貞治の「一本足打法」、“イチローの「振り子打法」、野茂英雄の「フォーク」、藤川球児の「火の玉」。ボクシングなら前WBC世界バンタム級王者・山中慎介の「神の左」、相撲なら輪島の「黄金の左」…、挙げだしたらきりがなく、技をマネをした人も多いだろう。

 どこかの国会議員がサッカーのサポーターに対し「他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ」とつぶやいていたが、乗っける価値があるのがヒーロー。さあ、稀勢の里。困難を乗り越えるのもヒーローの宿命である。(デイリースポーツ・荒木司)

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