【スポーツ】桐生祥秀の9秒台 舞台裏の物語 欠場の可能性!?スターターの援護
男子100メートルで日本人初の9秒台となる9秒98をマークした桐生祥秀(21)=東洋大=。奇しくも9月9日に生まれた9秒台の裏には、さまざまな運命的な物語があった。
9秒台達成後、桐生が真っ先に抱きつきに行ったのは、高校3年生の時から診てもらっている後藤勤トレーナー(43)だった。レースの約2時間前。桐生は100メートル決勝の出場を迷っていた。午前の200メートル予選を終えた時点で「まだちょっと100(の決勝)走るか分からない。相談します」と、欠場の可能性も示唆していた。
銅メダル獲得に貢献した8月の世界選手権の400メートルリレーで左足太もも裏を強くけいれん。その後、十分な強度の練習を積めずに迎えた今大会は1走1走、足の状態を見ながらこなしていた。200メートル予選を終えた後、後藤トレーナーに告げた。「(足が)パンパンです」。気持ちは欠場に傾いているように見えた。ただ、ケアのため、足を触った後藤トレーナーは、率直な感想を告げた。「いや、そうでもないよ。これ、まだ余力あるぞ」-。
4年間、コンディショニングに関しては、2人3脚で歩んできた。度重なる怪我もあった。世界大会出場を逃した時、ナショナルトレーニングセンターで真っ暗になるまで2人で過ごしたこともある。「良いときも悪いときもあったけど、僕も彼を信じて、彼も僕を信じくれてここまできた」。後藤トレーナーの言葉にうなずき、桐生は自ら待ち構える報道陣のところまで歩いてきて、迷いが吹っ切れた表情で言った。「100メートル出ま~す!」。2時間後、その瞬間はやってきた。抱きついてきた桐生に後藤トレーナーは泣きながら言った。「やっぱりお前が1番だったな」。
2年前、開催日の日程を決めた時、福井陸協の木原靖之専務理事(53)は「これはいい風が吹くな」と、率直に思ったという。大学生が出場するユニバーシアード(台湾)が8月中旬になったため、9月の第1週から2週目にずれ込んだ。ちょうど向かい風となる夏風から、追い風となる秋風になる時期。「(9月)1、2、3日だと夏風の可能性があるけど、8、9、10日だと秋風になる。追い風だと思った」と、当時を振り返った。
ただ、今大会に入ると、初日から想定以上の追い風が吹き付けていた。男子100メートルは予選、準決勝とすべて追い風参考記録。桐生が9秒台を出した決勝の直前に行われた、女子100メートル決勝も参考記録となる追い風2・3メートルだった。木原専務理事は「ここの風は一度吹き出すと止まらない。諦めました」と、白旗を揚げていた。
それでも最後まで諦めていない人間がいた。スターターを務めた福岡渉氏(46)だった。スターター歴11年目。この競技場に隣接する道守高校勤務。同地の風は熟知していた。福岡氏は決勝の日の風にリズムがあることに気づいていた。「吹き流しをずっと見ていたんですけど、一度ビュッと吹いて止んで、もう一度強くビューッと吹いて3秒ぐらい長く止む。そこしかないと思った」。強く吹く2度目の風が吹いた瞬間に、「オンユアマーク」を掛けた。タイミングを見ての号砲。ゴールの瞬間は思わず大型ビジョンを見つめた。追い風は公認条件の1・8メートル。「最高のスタートが切れたのかなと思う。すごい重圧だったんですけど、解放されました」と、満面の笑みで振り返った。
このほかにも、強風のため、風を調整するシャッターを降ろす、降ろさないという議論が関係者の中であったという。「自然に任せよう。それで吹きすぎたらしょうがない、ということになった」(木原専務理事)と、シャッター全開の決断を下した。もし降ろしていたら、逆に風が弱くなりすぎ、9秒台はなかったかもしれない。
9月9日に生まれた9秒台。さまざまな運命の糸が絡み合い、歴史的偉業は成し遂げられた。(デイリースポーツ・大上謙吾)