【野球】早実と日本ハムの類似点 清宮のトリセツ
清宮幸太郎が、もし、早実に入っていなかったら--。
そんなことを何度も思った。
高校時代の清宮をずいぶんと取材したが、厳密に言うと、「早実の清宮幸太郎」に興味があった。早実のように、指導者がほとんど口を出さない部風の中で、この逸材はどこまで大きくなるのだろうか、と。早実は、型枠にはめ込まれることがないせいだろう、ときに規格外の成長を見せる選手が現れる。その好例が2006年夏、早実を全国制覇に導いた斎藤佑樹(日本ハム)だった。
そう思う一方で、逆にもっと管理され、がんがん練習をやり込むような高校に入っていたら、どんな選手になっていたのだろうと想像せずにはいられなかったのだ。
しかし、清宮の成長を見れば見るほど、「もし……」とは思わなくなっていた。それくらい、早実の「自然栽培」は清宮に合っていた。
あるプロ野球OBが「清宮の打ち方は、誰かが指導したあとがほとんどない。めずらしいよ」と話していた。
監督の和泉実も「何も言わなくてもあれだけ打つんだから」と、だんまりを決め込んでいた。
和泉が指導らしい指導をしたのは、3年春の選抜大会のあと、絶不調に陥っていた時期だけだ。それも、「置きティー」を手伝って、前にずれていたポイントを修正しただけである。あとは技術的なことに関しては、ほぼノータッチだ。
確かに、もう少し、こまめに手を入れていれば、走攻守と、バランスの取れた選手になっていたかもしれない。しかし、そのバランスと引き換えに、失うものもあったに違いない。今の清宮は、長打力という長所が突出している。きわめて歪な形だ。しかし、それこそが、清宮の魅力であり、早実がもたらした果実だと思うのだ。
和泉は、清宮を日本ハムに送り出すことが決まり「いい方だよな」とポツリと言った。つまり、監督として最低限の使命は果たしたよな、という意味だった。
いや、「いい方」どころではない。清宮は、何の矯正もされずに、なりたい形で、大きくなれるところまで大きくなった。
個人としては、高校通算で111本塁打を放ち、これは高校野球史上、最高記録として「認定」された。結果、ドラフト会議では7球団が1位指名した。
そして、もうひとつ付け加えるならば、早実は清宮を清宮のまま、送り出した。清宮は、まるで昨日、野球を始めたばかりの子どものように楽しそうに野球をする。それは入学時も今も変わらない。
日本ハムに入団できたことのメリットとして、荒木大輔、斎藤佑樹という早実OBがいることと、海外移籍に理解がある球団であることが指摘された。しかし、いちばんよかったのは、日本ハムも原則、コーチらが打撃フォーム等を「いじらない」球団であることだ。そこは早実と似ている。
自分の感性を信じてここまできた清宮は、音楽で言えば「形」のないジャズだ。ルールよりも自由を与えた方がいい音を出す。(ノンフィクションライター・中村計)