【スポーツ】瀬古氏をうならせたマラソン “新人類”設楽悠太の特異な魅力

 42・195キロの攻略法は十人十色で、自身の“思想”を体現するには最高の舞台だ。先日行われた東京マラソンでそう思った。独自の方法論と特異なキャラクターを持つ26歳の設楽悠太(ホンダ)が2時間6分11秒でゴールテープを切り、日本記録を16年ぶりに更新。報道陣からも、自然と拍手が湧き起こった。

 マラソン初挑戦だった昨年の東京マラソンでは、日本勢で唯一前半から海外のトップ選手を追ったが、後半に失速。しかし、今回もめげずに前半から先頭集団でアフリカ勢を追うと、30キロ以降は1度遅れたが、終盤に再びギアを上げて2位に食い込んだ。「タイムは気にせずに勝ちだけを意識すれば、記録もついてくる」。宣言通りの無欲の快走が、16年間止まっていた時計を動かした。

 「30キロ以降は気持ちの問題」。ニューヒーローは大会前から繰り返し主張した。マラソン練習では40キロの距離走を行うのが定石だが、設楽は30キロ以上は走らないトレーニング論を堅持している。「僕はマラソンだからと言って40キロを走る必要はないと思っている。『今の若い日本選手は走り込みが足りない』とよく言われるが、今はそういう時代じゃない。いいシューズを選び、効率よく練習をすることが結果を出す近道」。ひょうひょうとした語り口とは裏腹に、確かな信念を感じさせた。

 「新人類、と言ったらいいのかな」。日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(61)は、従来とは異なる価値観を持った若者を意味する1980年代の流行語を用いて設楽を称賛した。「(前半から)あまり先を考えないでペース配分するが、(後半への)恐れを表に出さないのがすごい」と積極的なレース運びをたたえ、独自のキャラクターや方法論についても「僕らには計り知れない、オーソドックスとは違う考え方の人。僕に持ってないものを持っているし、型にはめちゃいけない。それが彼の強み」と太鼓判を押した。

 また、設楽の好調の要因の1つには「厚底シューズ」がある。軽さを求めた底の薄いシューズが主流だが、最近はメーカーから底の厚いシューズも生まれ、設楽も昨夏から導入した。「最初は考えられなかった。これで走るのかと」。ためらいもあったそうだが、履いてみると自身の走りにピタリとハマる。

 昨年9月にはハーフマラソンで日本記録を樹立し、以降も試合で日本選手には誰にも負けていない。「効率よく走れてスピードも全く落ちない。トラック(1万メートル)でも27分40秒台を出せる。昔の靴だと蹴らないと前に進まないが、今のシューズは履くだけで前に進む感じがする。疲労感も全然違って、毎週ハーフマラソンを走れるくらいのシューズ。今はあの靴がないと走れないくらい」。鬼に金棒ならぬ“設楽に厚底”が快挙の原動力となった。

 川内優輝ばりの連戦調整も“オレ流”の理由がある。年明けからは全日本実業団駅伝、都道府県対抗駅伝、丸亀国際ハーフ、唐津10マイルと、東京マラソン2週間前まで毎週のように試合に出場してきたが、「土日に試合がないとサボっちゃう」。練習のない週末は、昼まで寝てしまう。また、甘い物が好きで、ビールなどの酒類や炭酸ジュースも大好きだが、試合があるから摂生できる。「結果を残せているのは土日に試合に出ているから。マラソンの1週間、2週間前も試合に出て『すごいな』と言われるが、僕はそれが普通だと思っている」

 距離走、シューズ、連戦調整-。我が道を行く“設楽流”への懐疑的な見方は、「2時間6分11秒」というタイムが吹っ飛ばした。

 前日本記録保持者の高岡寿成氏(47)も、自身の記録を破った26歳に拍手を送った1人だ。「トレーニングは個性に合わせることが大事。彼が結果を出したならそれが正しいと言えるのでは」。設楽の特異なキャラクターについても、「見えない部分がある選手。そこが彼の面白さであり、魅力だと思う」とエールを送った。

 マラソン界の新人類はどこまでもつかみ所がない。40キロ過ぎからはなぜか給水ボトルのカバーを右腕に装着してそのままゴールテープを切った。「家族が僕のために手作りしてくれたもの。“ラスト、ファイト”と書いてあった。1番の力になった」。一見クールに見えて、家族愛を大切にする熱い一面を見せた。

 快挙からの一夜明け会見では足を引きずって登場したが、そのことを報道陣に聞かれると「10キロくらいで右足ふくらはぎを痛めていた」と告白。それを翌日まで明かさなかったことについて、「足について聞かれなかったので言わなかっただけ」と、あっけらかんと笑みを浮かべた。

 社会の発展には「多様性」を認めることが不可欠だが、競技の発展にも同じことが言えるかもしれない。血と汗と涙がにじむような“スポ根”も尊い文化の1つだが、設楽のような“脱力系”の感覚派や、合理主義者がいてもいい。東京五輪男子マラソン期待の星である、大迫傑(26)=ナイキ・オレゴンプロジェクト=も独自のトレーニング哲学を持っていることでおなじみだ。

 箱根駅伝を4連覇した青学大の原晋監督(50)も提唱しているように、多様な個性、方法論の忌憚(きたん)のないぶつかり合いが、長距離界全体の進歩につながるのではないか。(デイリースポーツ・藤川資野)

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