【スポーツ】レスリング「パワハラ騒動」が生んだ“副産物”代表選考プレーオフがアツい

 レスリング界で明らかになったパワーハラスメント問題がなかなか収束しない。今月行われた全日本選抜選手権(東京・駒沢体育館)も世界選手権(10月、ブダペスト)代表選考会を兼ねる大一番だったが、大会初日に行われた栄和人前強化本部長の謝罪会見、さらに最終日の至学館大・谷岡郁子学長による栄監督解任発表会見などで水を差される形となり、マットよりも“外野”の醜聞が大きく取りざたされてしまった。

 ただ、今回のパワハラ騒動によって“副産物”ももたらされた。世界選手権代表選考方法の変更である。レスリングは例年12月の全日本選手権と6月の全日本選抜選手権の2つの選考大会が開催されており、どちらも優勝した選手は文句なしで代表に決まるが、王者が異なる場合は両大会の優勝者同士でプレーオフ(7月7日、埼玉・和光市)が行われることになった。

 女子の優勝者が2大会で異なった場合、栄強化本部長時代は強化委員会の一存で代表が決まり、仮にプレーオフが行われる場合も公開の場で争われることは少なかった。また、全日本と全日本選抜で異なる階級で出場したにもかかわらず、有力選手が任意の階級で代表に決まるという“不透明”な選考が行われたケースもあった。しかし、今回からは物言いのつきにくい決着ルールに近づいたと言える。

 また、以前からプレーオフが行われていた男子も、従来は全日本選抜選手権当日の決勝後に行われていたが、今年からは約3週間の“冷却期間”が置かれることになった。そのため、従来なら大会当日のコンディションや勢いで優勢な全日本選抜王者にやや有利な印象があったが、日が空くことでいったん仕切り直すことが可能となり、条件はより公平になりそうだ。

 プレーオフがもたらしたのは公平性や透明性だけではない。報道する側から見ると、戦いの“物語性”という意味で名勝負誕生の匂いがする。というのも、プレーオフのカードは全日本決勝、全日本選抜決勝で対戦した選手の再戦となるケースが多く、力が拮抗(きっこう)するライバル同士の雪辱戦となる場合が多い。プロレスでいえば藤波辰爾と長州力のカードのような“名勝負数え唄”が期待できそうだ。

 今年は男女計30階級のうち10階級でプレーオフが実施されることになったが、最も注目が集まるカードは女子50キロ級だろう。もともと、栄前強化本部長をして「誰が世界に出ても金メダルを獲れる」と言わしめた群雄割拠の階級。今回の全日本選抜では、準決勝でリオ五輪女王の登坂絵莉(東新住建)を撃破した全日本女王の入江ゆき(自衛隊)を、決勝で18歳の世界女王・須崎優衣(早大)が破り、プレーオフ突入を決めた。

 須崎にとって入江は、シニア転向直後の15年全日本選手権で敗れ、ジュニア時代からの連勝を「83」で止められた相手だ。さらに、昨年の全日本でも自身にとって3年ぶりの黒星を喫した因縁の天敵である。

 絶妙なタイミングでタックルに入るレスリングで世界一に登りつめた須崎だが、昨年12月はテクニカルフォール負けとボコボコにやられた。打倒入江のため、この半年間は相手の体勢を崩してからタックルに入る練習を徹底して雪辱に成功した。3週間後の頂上決戦に向けては「今よりももっと厳しい戦いになる。世界選手権に絶対に行くという強い執念を持って戦いたい」と覚悟を口にした。ちなみに須崎は、入江に敗れて手にした2枚の「準優勝」の表彰状を自室の天井に貼って悔しさを忘れないようにしているという。

 須崎と入江に限らず、プレーオフは2人の王者同士で争われる上に、3週間の仕切り直し期間を相手の研究、自身の課題克服、故障の回復にも充てることができる。特定の相手との1戦に全てを懸けるのだから、好勝負が生まれるのは必至だ。さらに、これを日本全体のレベルアップにつなげて、暗い話題ばかりのレスリング界に一筋の光が差すことを期待したい。(デイリースポーツ・藤川資野)

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