【スポーツ】伊調馨は選手か…迫る12月復帰期限と高いハードル

 伊調馨(34)は選手なのか-。レスリング女子五輪4連覇という輝かしい実績に、国民栄誉賞を受賞したレジェンド。16年8月のリオ五輪を最後に実戦から遠ざかっているものの「現役レスラー」の看板を正式に下ろしたわけではない。しかし、復帰へのタイムリミットも着実に迫っている。誰もがヤキモキしているこの問いへの答えについて、一番頭を悩ませているのは伊調本人に違いない。

 2020年東京五輪で5連覇を目指す場合、19年世界選手権代表選考が懸かる今年12月の全日本選手権に出場することが事実上必須となる。同大会にぶっつけ本番で出場する道もあるが、ブランクを埋める慣らし運転として10月の全日本女子オープン(静岡)、あるいは全日本社会人オープン(埼玉)で復帰戦を行う可能性もある。ただ、ALSOKレスリング部の大橋正教監督は「何も決まっていない。実戦復帰は本人の気持ち次第。我々としては(復帰を)強制しないし、待つだけです」と白紙を強調した。

 今年は栄和人前強化本部長から受けたとされるパワハラ問題も発覚したが、今春からは日体大で練習を再開した。ただ、大橋監督は練習再開を認めつつも、それが“本格的”かについては「やっぱり五輪前の必死にトレーニングしていた時を見ているので…」と疑問符をつけた。

 現在は週5~6日、学生を指導しながら一緒に汗を流しているという。スパーリングでは全国大会上位レベルの選手を破ったりするだけに、周囲は本格復帰への期待を寄せるが、実際の試合となれば減量や緊張感などもあり話は別だ。

 レスリングは言うまでもなくフィジカルスポーツ。現在は3分2ピリオド制だが、一瞬たりとも気を抜けば大量失点を許してしまう。もし6分間の中でバテてしまえば、一気に逆転されてしまうこともある過酷な競技だ。肉体的に不安があれば、いかに世界トップ級のテクニックを持っていたとしても実戦で通用するとは限らない。

 大橋監督は「(伊調は)ロンドン五輪の時が最高の状態だった。リオ五輪はピークを過ぎていたが、満身創痍(そうい)の中でよく勝てた。そこから1年半やってないわけだから、いくら体を動かしていると言ったって(すぐには)元に戻るはずがない」と1人の専門家として本音を明かした。

 たしかに、リオ五輪では決勝で劇的な逆転勝ちを収めたものの、以前の圧倒的な勝ちっぷりとは遠かったことは記憶に新しい。それ以降も本格的に練習していないだけに、「いくら技術があっても体力も戻さないといけない。厳しいトレーニングを積むだけの気力がどこまで戻ってくるか。それは本人もわかっていると思う」と、世間が思うほど復帰へのハードルが低くないことを強調した。

 12日に行われたALSOK所属選手の取材会で都内の同社本社に訪問した際、ロビーに飾られたパネルには「プレイングコーチ 伊調馨」と書かれていた。今年1月からは、同社のトップアスリートのほとんどが所属する「教育・訓練部」から「広報部」に異動した。2007年の入社以来、「伊調の仕事=レスリングに専念すること」だったが、現在は実戦から遠ざかっているため一般業務に携わりたいという本人の希望だという。ただ、本人が希望すればいつでも前所属の「教育・訓練部」にも戻れるが、まだその申し出はないというだけに「選手」として踏ん切りがついたわけではなさそうだ。

 以前、テレビ番組でシンクロナイズドスイミング日本代表の井村雅代ヘッドコーチと対談した際には「体が動くなら、自国開催の五輪に挑戦した方がいい」と背中を押されて心を動かされたこともある。大橋監督は「やっぱりトップ選手なので、ちょっとしたことで気持ちが変わったり、モチベーションが湧いてくることもある。だから、我々としては本人の気持ちが固まるのを待つしかない」と話した。

 勝ったまま終わるのがアスリートの美学なら、最後に自分の限界に挑戦するのもまたアスリートの美学だ。今回のパワハラ騒動で余計なプレッシャーが掛かったことが気の毒だが、最後は“権力”の介在しない形で「選手」として納得できる終わり方を決めてほしいと願う。

(デイリースポーツ・藤川資野)

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